2013年12月25日
ボルネオ・ミッション 2013
2013年11月4日 (day 1)
BORNEO MISSION START

先ずは新幹線で品川、そして成田エクスプレスで成田空港第二ターミナルへ向かいます
今回の旅はマレーシア航空の成田→コタキナバル直行便就航記念に伴う
マレーシア・サバ州政府観光局のブロガーご招待のプレス(報道)ツアーなのです。
今回選ばれたブロガーは3名。
日本を代表するアルファブロガーである『ネタフル』のコグレマサトさん。
『R25』『サイゾー』などで執筆活動をしているライターで、登山のエキスパートでもある熊山准さん
そして、わたくし『来たよ!いい波』のエディ タチカワです。
熊山さんが山彦担当なら、私は海彦担当と考えていただければ良いかと思います。
これからマレーシア・サバ州のあるボルネオ島の海を中心に紹介していきます。
外せない名所を回ったコグレさん、ジャングルや4000mオーバーの山岳に登り大自然を歩いた熊山さんのブログ、そしてサバ州政府観光局の公式ブログのコタキナコさんのブログもあわせてご覧ください。
今日は新幹線で品川へ。

スーツケースは宅急便で成田空港送ってしまったので持ち物はデイパックとサフボード。
軽くて頑丈なEPSエポキシでオーダーしたDoc.Bushwacker 。
6'6"のサイズにこだわったのは、新幹線に立てて持ち込んでもギリギリ天井に届かない長さなのです。
これが7フィート以上だとつっかえちゃうんです。
これぞ、究極の旅ボードだと自負しております。

品川駅は新幹線ホームと成田エクスプレスのホームが隣接しているので乗り換えがとても簡単。
静岡からだと成田まで行くのもちょっとした旅行ですからできるだけ無駄な体力は使わないプランニングが大切です。

成田エクスプレスの現在の車両はドア横の荷物スペースが小さくなった代わりに、網棚が設置されたので空いていればボードも置かせてもらえます。

肘掛けにはコンセントがあるのでスマートフォンやパソコンを使うのが便利になりました。

空港第2ビルの出発ロビーのヤマト運輸でスーツケースを受け取り、
マレーシア航空コタキナバル行きMH81便にチェックインしました。
コタキナバルまでは、バリやハワイよりも、全然近い約6
時間のフライトです。

マレーシア航空81便は定刻出発。

熊山さんたちが搭乗した就航第一便は1時間くらい遅れたということなので覚悟していましたが、順調でした。

ANAのB787ドリームライナーの着陸を待って滑走路に入り離陸しました。
私が乗った機体はB737-800。
国際線とはいえメジャーな路線ではないので3席×3席の中型機です。

エコノミークラスでしたが、シートは革張り。
オンデマンドのビデオモニター付きは今や常識というところでしょうか。
映画のタイトルも新作こそ少なめですが、豊富です。
ハリウッドものだけでなく、日本映画、中国映画、韓国映画、インド映画、イスラムの映画など、アジアの中心に位置するマレーシアの国際性を現わしているようです。
何を観ようか迷いましたが『Man of steel』(スーパーマンのリメイクの新作)を観ました。
ビデオモニターの右下には、USB接続で使える電源が付いています。
おかげでスマートフォンやタブレットを充電しながら使えてとても便利です。今もタブレットを充電しながらこの文章を書いています。
あ、もちろんスマートフォンやタブレットは機内モードにして使わないといけないですね。

飛び立ってすぐランチとなりました。
映画と旅先の下調べをしていたら、あっという間にコタキナバルに到着となりました。
5時間45分の旅でした。

コタキナバル空港はとても現代的なデザインのアーキテクチャ。
人口規模や都市規模が静岡県と同じくらいのサバ州ですが、静岡空港のみすぼらしさとは雲泥の差。
入国審査も簡単。入国カードも廃止されたとのことでパスポートと指紋のチェックだけです

大型機ではラゲージが出てくるのに時間が掛かりますが、中型機は早くて良いです。

外に出ると、サバ州政府観光局のRieさんとブロガーの熊山准さん、そして現地旅行社SMI HOLIDAYのサトコさんさんとニベルさんが出迎えに来てくれていました。

何だか旧友と久しぶりに会ったような和やかさ。
実はRieさんとはブログを通した10年来の旧知の知り合いなのです。Rieさんは当時、『ボルネオの女王』というハンドルネームで『お口あんぐりボルネオ島』という日常の様々を綴った抱腹絶倒のブログを書いていて、私は欠かさず読んでいた熱心な読者だったのです。

先ずは市内の中心部にあるホライゾンホテルにチェクイン。

普段私が泊まるようなホテルと違い、格調のあるモダンデザインです。

その後すぐにこちらのPARTY PLAYというお店でサバ州政府観光局主催の晩餐会です(笑)
一週間前に初便で来ている招待ブロガーの熊山准さんはキナバル山登頂から戻ったばかりでお疲れだったでしょうが、ご一緒できて良かったです。
同じブロガーでも熊山さんはレベルが違います。
文章力もさることながら、iPhone5Sと最新のSONYのレンズカメラを駆使してどんどんブログをアップしていく技はトップブロガーのなせる技。
未だにコンデジとミニパソコンでPhotoshopを使ってブログを書いている私とは速度が違いますね。

もう夜の10時をまわっているのでビールで乾杯した後、ピザやトルティーヤなどで腹ごしらえ。熊山さんとボルネオの女王のキナバル登山の話などで盛り上がりました。
到着早々に酔っ払いモードに突入です。
明日は最初のミッション。
どんなことが待ち受けているでしょうか。
11月5日 MISSION 1 ZIP BORNEO (day 2)
昨夜の女王主催の歓迎レセプション(笑)で気持ちよく酔っ払い。
ホテルに戻りました。いよいよ翌日からミッションが始まるのでカラダを休めておかなくてはなりません。

コタキナバル中心街に建つHORIZON HOTELはなかなか凝ったデザイン。

壁はダークな木目で液晶テレビも壁に組み込まれたデザイン。
アダルトな雰囲気です。

バスルームも全面ガラス張りのシャワーブースと広いバスタブ。
アダルトな雰囲気がますます強くなってきます。

ベッドはダブルとシングルが入っていて
既に美女が寝息を立てている・・・・というのを期待したのですが、
女王に出したリクエストは、却下された模様です。
日本での女王との打ち合わせで、
女王「一人で各地を回ってもらいますけど大丈夫ですか?何かリクエストがあれば・・。」
エディ「できれば、添い寝をしてくれる女性がいてくれると良いのですが。」
まあ、この夜は思いのほかアルコールが回ってしまってフラフラで、この後ブログをアップするのに難儀してたんですけどね。
翌朝、部屋から見る景色は

こんな感じ。
すじむかえの建物はコタキナバル市役所。まさに市の中心部。

ホテルの北側すぐに海が見えました。

先ずは1階のブッフェで朝食。朝の7時前ですが、中国人の観光客でいっぱいでした。

この旅は満腹ツアーにもなりそうなので、少々控えめにしました。

HRIZON HOTELはこんな外観です。
7時45分、ツアー会社SIM HOLIDAYのサトコさんと二ベルさんがお迎えに来てくれました。

1時間半ほどのドライブということで、セブンに寄って飲み物を調達。

今回はコンビニの支払いまでサバ政府観光局が持ってくれているんです。
お大名旅行の様相のミッションですが、そんな甘いはずもありません。

コタキナバル周辺の道路は広々とした作りになっていて、信号機の交差点の代わりにロータリーになっています。日本でも今後はこの方式に切り替える工事を進めるそうですが実にスムーズですね。アジアとしては車も少なくマナーも非常に良くて、隣国のインドネシアやフィリピンとは雲泥の差。

海沿いの幹線道路を右折し、山の方に入っていくと富士山よりも高い山であるキナバル山(4095m)が見えてきました。

途中で、キナバル山が良く見える吊橋に寄ってくれました。
結構揺れるつり橋でしたが、現地の人はオートバイで行き来するようです。

橋の上から、堂々と聳えるキナバル山が見えました。

静岡には世界遺産の富士山がありますが、
コタキナバルにはやはり世界遺産のキナバル山があります。
コタキナバルの名前もキナバル山の街という意味なのだそうです。
キナバル山と富士山の共通点は、現地の人にとって霊場であり、郷土の誇りでもあるようです。古くから学校行事としてキナバル山に登る学校もあるようです。

ツアー会社のバンはどんどん山奥へ入っていきました。

ここは田んぼの跡地だそうで、

水牛が草を食んでいました。
マレーシアでも若者の農業離れが進んで耕作放棄地が増えているようです。
ただ、水牛は婚礼の持参金として使われる習慣があるとのことで、あちこちで放牧されているのが見られました。

そして、この緑の芝生が広がる施設が、今日の目的地。
昨年くらいにオープンした新しいアクティビティのZIP BORNEOです。

この施設のBusiness Development DirectorのBeverly Chiaさんが施設の説明や会社の紹介をしてくれました。

入り口付近には団体用のキャンプ場がありました。

テントの下はこんなベッドになっていて、ベッドの上には一人用の蚊帳を吊るのだそうです。
まるで軍隊の訓練場みたいですが、蒸し暑いジャングルの中ですから、この方が涼しくて気持ちよいのだそうです。
さて、いよいよZIP BOLNEOでのミッションがスタート

ヘルメットと命綱を取りにつけました。
スニーカーやトレランシューズのような靴を履くのがベストですが、土地柄サンダルで来てしまうお客さんも多いようで、アウトドア・サンダルの用意がありました。
二ベルさんとサトコさんも準備完了。

この塔は18mの高さがあるそうです。ビルの6階の高さにあたります。

最初にトライしたのは川の対岸まで張られたワイヤーをハーネスを付けて滑り降りるZip Line。インストラクターが注意事項等を説明するブリーフィングをきちんとやっていました。
心臓が弱い人向きではないですが、

空中をビューンと飛ぶように200mを滑空。

あっという間(約1分間)に対岸に到着しました。

戻るのも別のもう一本のZip Lineでビューンと100m。
スリルもありますが、気持ちがよいという印象の方が強かったです。
そして、再び18mの塔に登り・・・もう息が切れています。
かなり急な階段を登るので・・・。
次は中段に張られたワイヤーに吊り下げられたネット。

綱渡りならぬ網渡りといったところか。
高度感があり、スリリングですが、それほど難しくはありません。
高所恐怖症の人はちょっと無理かも。
塔の上ではインストラクターが全員に命綱を装着し、必ずブリーフィングをしてくれます。
安全には充分な注意が払われるようスタッフの訓練が行き届いているようです。

その次はまさに綱渡り。頭の上にもう一本のワイヤーが張ってあり、それに掴ってバランスをとりながら進みます。
結構脚がぶるぶるして脚の筋肉も腕の筋肉もフル稼働。

これはキナバル山でできるヴィア・フェラータの予行演習には最適かもです。
ヴィア・フェラータの体験記が熊山さんのブログにアップされているので是非ご覧ください。凄いですよ。
世界遺産のタマヒュンアクティビティ「ヴィア・フェラータ」前編
世界遺産のタマヒュンアクティビティ「ヴィア・フェラータ」後編
無事渡り終えました。ここまではなんとかなるレベル。

3つ目の課題。足元はワイヤー1本。
掴れるワイヤーは無く、
その代わりに、たるんだロープが2本渡されています。
どうするんだ、これ。

ロープを左右の手で一本づつ掴み、
引っ張ってテンションを掛けていきます。
そうすると自分の両腕と左右のロープが1本のロープのように繋がります。

しかし、移動するためには左手で持ったロープを手繰り寄せなくてはなりません。

右手のロープを放したら、落ちちゃいますから・・・。
左手の太いロープは左手の指だけで手繰り寄せるしかありません。

脚はガクガク、腕も指も筋力の限界近い状態。
止まって休憩するにも自分の筋力でロープにテンションを掛け続けなくてはなりません。
落ちちゃえば楽になれるよという誘惑が・・・。

めげそうになりながらも意地で渡りきりました。
明日は筋肉痛確実です。
ボルネオでこれをやるってことは、
オラウータンの樹上生活を体験するということなのか。

筋肉がたがた、汗だくですが、最上部のセクションも渡りきりました。
何だか旭山動物園のオランウータンになった気分です。
ようやく渡り終え、降りられると思いましたが、

降りるのはこれで。

学生の頃以来の懸垂下降で下りました。

ようやく地上に降りられたと思ったのもつかの間。

今度はボルダリングで壁登り。

最近流行のボルダリング。俳優の向井理もやっているということで、
女性にも人気のスポーツになりつつありますが、

私は初挑戦でした。
基本的には登山の岩登りと同じなので
これもクリアできました。

これにてZip Borneoにての訓練は終了とはいかず。

次のミッションのため、クルマで川の上流に移動しました。
MISSION 2 RIVERBUG WHITE WATRE RAFTING
次のミッションはラフティング。
KIULU RIVERを下ります。

ゴムボートによる激流下りですが、今回は初級コースの紹介です。
私は大学時代に探検部に所属していて、今年で37回目を数えるラフティングの大会『日本リバーベンチャー選手権大会』の第一回大会と第二回大会に出場した経験があるのです。
でも、その大会が最後で、ラフティングをするのは実に35年ぶり。

RIVERBUGのインストラクターが各自にヘルメットとライフジャケットを配布し装着方法をブリーフィング。

漕ぎ方や、指示の説明、落ちた時の流され方、ボートへの這い上がり方などを実演して説明してくれました。これが実に聞きやすい話し方と判りやすい説明でした。
巧みな操船ができることよりも、このブリーフィングがわかりやすいというのがラフティングに限らず優れたインストラクターの一番のポイントだと思います。

早速、川に入りました。ここはそれほど流れは急な場所ではなく、日本の四万十川のカヌーサービスがある辺りの流れに似ています。
こちらは雨季に入る季節と言うこともあってか、水量は充分でした。

後方から台湾の若者でしょうか、とても陽気でフレンドリーな中国人のグループが下ってきました。

インストラクターはこの位置でコントロールします。

急流といっても危険な箇所はなく、トロ場と急流が程よくミックスされたコースで飽きさせません。

後方の中国の若者たちと水を掛けあったりしながら付かず離れず下る格好でした。

水面と言う低い視線。これは動物の視線に近いかもしれません。
人工物が少ない自然の川の景色は日本ではなかなか味わえません。

急流は気持ちよく進みます。
私は前方に座らせてもらいましたが、たまに水をかぶる程度。

5倍ズームまでしかない防水カメラで撮っているので、
水辺に現れたミズオオトカゲの子供を撮りましたが流木にしか見えませんね。

中国人の若者たちはノリノリなので、インストラクターがわざとボートをひっくり返そうとしたりのサービス。

平均年齢が高い(私がですが・・・)我々のボートは穏やかにジャングルの風景に浸って下りましたが、

最後のほうではやっぱり水に浸かってボディ・ラフティング。
水が冷たくて気持ちよかったです。
流れはゆっくりなように感じますが、
脚がつく場所でも立っていられないくらいの水流の強さでした。

日本では子供が川原で遊んでいて川に流されて亡くなる事故が毎年のように起きますが、
こういった川下りを子供に体験させて、川の水流というものがどんな強さを持っているのか体で学習させるような教育も本当は必要なのではないかと思いました。

高い塔に登ったり下ったり、綱渡りをしたりで汗だくになったカラダには、
このくらいゆったりとして気持ちのよい水遊びはちょうど良いですね。
ボルネオの女王からこのミッションを受けた時、場所は限られますが日本でも体験できるZip Lineやラフティングを、わざわざボルネオで体験する必要があるのかなとの思いもありました。
でも、地元のサバ州のインストラクターたちと触れあい、サバ州の自然のなかで体を動かすことは、ここでしか体験できないことなのだと感じました。
世界遺産や、希少動物が棲む国立公園を巡るのもサバ州の魅力ですが、
こういったアクティビティもこれからのサバ州の魅力となっていくでしょう。
現在はこういった新しい欧米のアクティビティをそのまま導入している形ですが、これを熱帯のジャングルという土地柄でアレンジしてインディ・ジョーンズ的冒険の雰囲気をミックスさせたりしたら、もっと個性的なテーマパークに発展させられるように思います。
昔の探検帽子を被た衣装でジャングルウォークをしたり、個性的な民族の多い土地柄、首狩族の吹き矢の体験が入ったりしたらもっと面白いかもです。


ラフティングの終点は、先ほどのZip Borneo。
レストランで出されるBBQが美味しかったです。
Zip BorneoのZip Lineとラフティングは予定よりも早く終了しました。
そこで、ボルネオを象徴する動物を観に行くことになりました。
これは女王のミッションにはなかった番外編。
SHANGRI-LA'S RASA RIA RESORT SANCTUARY
今回の私のミッションは海がメインのため、ボルネオ観光の目玉とも言える希少野生動物を見る機会がありません。
そこで、現地旅行会社のSMI HOLIDAYのサトコさんがオランウータンのリハビリ施設に寄ることを提案してくれました。

コタキナバル郊外にあるシャングリラ ラサリアリゾートの敷地内にその自然保護区があるのです。ここはシャングリラ ラサリアリゾートとサバ州野生生物局との共同で運営されている施設です。

リゾートホテルのロビーを抜け、庭を通り東側の山の麓にその施設がありました。

こちらは宿泊客もビジターも有料のプログラムで、10時と14時の2回のみの開催。
しかも人数制限があります。子供のオランウータンを驚かせないためもあります。
先ずは、保護活動が必要になった理由からどのような活動をしているかなどの解説ビデオを30分ほど観ます。
オランウータンが希少動物になってしまった最大の理由は森林の伐採です。
かつてボルネオの森林は木材輸出のため切り出され、その最大の輸出先は日本でした。
現在ではアブラヤシの作付けのため森の伐採が進んでいます。
アブラヤシから採れる油は安価で高品質な食料油としてほとんどの加工食品に欠かせない原料の一つとなっています。また、各種の洗剤などにも大量に使われていて今やマレーシアの代表的な輸出品として経済を支えています。
そのためオランウータンは棲みかをなくし激減しているのです。
オランウータンは7~8年に一度しか子供を生まない繁殖力の弱い種。
親を亡くし、孤児となったオランウータンの赤ちゃんを育て、訓練して森に帰れるようリハビリを行う活動を国を挙げて行われています。
有名な施設はボルネオ東部のセピロック・オランウータン・リハビリセンターが有名ですが、ここラサリアはセピロックに入所する前のいわば幼稚園のような施設なのだそうです。

いよいよ山の中に入っていきます。

オランウータン以外でも、いろいろなネイチャープログラムがあるようです。

結構な山道。サンダルで来ちゃいましたが本来はちゃんとした靴で来てください。

こちらのデッキが観察のためのスペース。
もちろん外へは出てはいけません。
もしもオランウータンが近づいてきても絶対に触ってはいけません。

このプログラムは朝と昼のフィーディングタイムにあわせてあるのですね。
まだ小さいオランウータンが2頭お食事中でした。

このしぐさと表情が何ともいえないですね。
もう伸び伸びと食べておりました。
しかし・・・・

樹上に別の影が。
カニクイザルです。
ここでカニクイザルが出てくるのは珍しいみたいです。
オランウータンは単独で生活しますが、カニクイザルは集団で行動します。

たちまち10頭以上のカニクイザルが集まり、怖気づいたオランウータンの子供は

なんと、我々がいる観察デッキの上に登ってきてしまいました。
世話をしているパーク・レンジャーの人が、オランウータンの子供の手を引いてデッキの反対側に連れて行きました。なんだか人間の親子と変わりませんね。

希望すれば、ここで1時間近く観察をすることができるそうです。


やっぱりオランウータンは愛嬌のある動物ですね。
究極の癒し系キャラ。
保護区とはいえ、自然の中で生きている姿を見ることができてたいへん良かったです。
ラサリア自然保護区から帰る途中、

モスクの写真を撮ってきました。
コタキナバルでも最も目立つ建物
まるでシンドバッドに出てくる宮殿のよう。

国旗を見ると判りますが、マレーシアはイスラム国です。
州と首都を表すストライプとイスラムの象徴の月と星です。
でも、サバ州はイスラム教徒よりもキリスト教徒が多いのだそうです。
ちなみに右側の旗はサバ州の旗。象徴はキナバル山です。
この日11月6日はイスラム教で重要なメッカ巡礼の日ハリラヤハジのためマレーシアは祝日でした。

次に訪れた建物は、女王の宮殿。
いえ、女王の執務室(笑)のあるサバ州政府観光局の建物。
こちらは戦前のイギリス統治時代の庁舎で、歴史的建造物なのだそうです。
あ、このブログを読まれている方が誤解をするといけないのでもう一度書いておきますが、
ここに出てくる『ボルネオの女王』とは、今回のボルネオの取材旅行を企画してくれたサバ州政府観光局のRie haradaさんが10年ほど前に使っていたハンドルネームのことです。そのため私は今もRieさんのことを女王と呼んでいるのです。
KAMPUNG NELAYAN
そして、夜になり、

こちらのお店で女王主催の晩餐会。

いえ、正式にはサバ州政府観光局主催のお食事会です。

いきなり乾杯の写真ですが、この日も招待ブロガーの熊山准さんとご一緒できました。
ブロガーのお約束でしょうか、乾杯はカメラで写しながらです。
こっち側から私も撮ってるってことですけど。
そうそう、何で乾杯したか書かなくちゃ。

左はここで最もポピュラーなシンガポールのタイガービールですが、
今回の乾杯酒は乾杯の写真で熊山さんの隣に写っているサバ州政府観光局のマーケティング・マネージャーのSimon Jr. Jalinさんのご実家で製造販売しているライス・ワインでした。



中華です。お料理がざくざく。

ディナーショーが始まりました。
サバ州の主な5つの民族のダンスが順番に披露されました。

女王がこれは何族と解説してくれましたが、酔っ払って覚えられませんでした。

あげくにステージに上げられて、踊るはめに。
熊山さんはミニクマちゃんを躍らせて撮影中。
文章もオモシロイ人ですが、おしゃべりもやる事もオモシロイ人でした。
才能豊かで素晴らしい。


ステージは進み、

最後は首狩族の登場。吹き矢の実演があり見事命中。

またしてもステージに上げられて、吹き矢で狙います。
難しくてなかなか矢が飛びませんでしたが、コツがつかめて見事命中しました。
なんか、とっても嬉しかったなあ。

最後に、お客様を交えてのバンブーダンスで締めとなりました。

楽しかったです。メチャメチャ酔いが回ってしまい、失礼が多かったかもしれません。
以前女王は日本政府の大臣の接待にもこのお店を使っているそうです。
・・・と言うことは、大臣並みのVIP待遇!?

コタキナ子さん、ありがとうございました。
11月6日 MISSION 3 PULAU SAPI (day 3)
毎日いろんなことがあって盛りだくさん、今日からいよいよ本格的に海編スタートです。
先ず行ったのはトゥンク・アブドゥル・ラーマン公園。
と言っても、コタキナバルの市街地からボートでわずか15分の沖合いに浮かぶ島々のことなのです。
アブドゥル・ラーマンって僕らの世代なら聞いたことがあるでしょ。マレーシアの独立の父と言われ初代首相を務めた人物の名前です。

通常はジェッセルトン桟橋から出るボートが一般的なのだそうですが、混むかもしれないのでということで、

S.M.I HOLIDAYの二ベルさんが高級リゾートのステラ・ハーバーから出るボートを予約してくれていました。行く先々で二ベルさんの友達がいっぱい。いい人だから顔も広いのでしょう。
このステラ・ハーバーリゾートはかつてTTP交渉の会議が開催された高

マレーシアは我々が想像するよりもお金持ちが多い国です。ここステラ・ハーバーには高級クルーザーがいっぱい。人口50万人クラスの地方都市のイメージとは程遠い優雅さ。
アブラヤシの話はオランウータンの時にしましたとおり一大産業です。
サバ州の隣のブルネイは石油産出国で税金も医療も教育費もタダということで有名ですが、マレーシアも隣国インドネシアとともに石油産出国なので経済は豊かです。石油が出るから第二次世界大戦で日本軍の侵略を受けたこともありました。

ボートはお金持ちそうな中国人の数組のカップルと乗り合わせました。
このような渡し舟のようなボートですが、ライフジャケットの着用が義務付けられているようです。安全に関しては日本よりも厳格なように感じます。

あっという間に沖の島に到着。

桟橋には観光客を乗せたボートが次々と到着してきます。
白い砂浜と青い海。
こんな環境がビジネスで忙しい街の真中から15分にあるのですから、素晴らしいですね。

この島は公園内の島のひとつ、サピ島です。とても小さな島。
他にもガヤ島やマヌカン島があります。
ブロガーの熊山准さんはガヤ島に渡り、ガヤナ・エコ・リゾートのレポートしていますのでそちらをご覧ください。ガヤ島は原始の熱帯雨林を残す大きなネイチャー・アイランドで、トレッキングやカヤックで自然を満喫するリゾートです。
私が訪れたサピ島はどちらかというと、街に近いお手軽週末リゾートというか、海水浴場という感じです。東京首都圏なら横須賀の猿島みたいな感じでしょうか。

しかし、美しさが全然違います。
南洋の島そのもの。

完璧にリゾート気分満喫できるビーチです。
サンゴ礁の海底を覗くシュノーケリングや白砂のビーチで寝そべる人たちがいっぱいいました。
ビーチから島の中のほうに入っていくと

テーブルが並んでいて、木陰でゆっくり食事やお茶しながらゆっくりくつろげます。

こんなアジアンビューティなおネエさんや

こんなヨーロピアンな人たちも大勢いますが、
今回のミッションはそういう方面の視察ではなく、

こちらなのです。
シュノーケリングをするというのではありません。
このシュノーケルの人たち、よく見ると日本とはちょっと違いますよね。
そう、ライフベスト(救命胴衣)を着用してシュノーケリングをしています。

二ベルさんが借りてきてくれた3点セット。
日本なら、マスク(水中眼鏡)、シュノーケル、フィン(足ヒレ)ですね。
ここでは、マスク、シュノーケル、ライフベストとなるのです。
もちろん遊泳者の溺水事故防止のためです。

なかなかしっかりしたレギュレーション(規定)があり、ライフベストを着けずにシュノーケリングをやると、ライフガード(監視員)にすぐピーと笛を吹かれて注意されてしまいます。
ここの遊泳エリアは遠浅なので潜る必要はないからライフベスト着用で問題ないのです。

コタキナコさんのブログにはこの近辺で過去に発生したクラゲに刺され心肺停止になった子供への対応についての事例が載っています。
今回の私のミッションは、こういった海の安全対策を、特に応急救護の観点からチェックして報告とアドバイスをするというものなのです。
日常的にクラゲには刺されまくっている(涙)私ですから、世界一クラゲに刺された経験が豊富な救急法インストラクターかもしれません。

先ずは、ビーチの安全を担う最前線基地、ライフガードタワーに行ってみました。
今回のミッションのお話をいただいた時、勉強しなくちゃいけないなと思ったことがありました。取材となればインタビューが必要です。レスキューや医学用語の英語を覚えないと困るなと思いつつ、勉強する時間がなくてここまで来てしまいました。
でも、日本語堪能な二ベルさんが私が聞きたいようなことを全部質問してくれたので私の出る幕は無し(笑)

用意されている薬品類は一般的なもので充分揃っていると思いました。

こちらのStingose Sprayはイギリスのソーントン&ロス社の医薬品。
硫酸アルミニウムが主成分ですが・・・クラゲに充分な効果はあるのかな。

その他に、伝統的なお酢(ビネガー)も用意してありました。
とはいえ、クラゲの応急処置には諸説があって判断が難しいところです。
日本でもかつて軽度の症状の場合、カツオノエボシに刺された場合はお酢やアンモニアを使っていましたが、今では使ってはいけない部類に入っています。お酢などは刺された患部を刺激して悪化させるという考えからです。
しかし、沖縄のハブクラゲに対してはお酢が効果があるとしている文献が多く難しいところです。
現状は決定的な情報がないので、その辺の判断はその土地の考え方または、患者の希望で使う薬を選択するしかないかもしれません。
また、アナフィラキシーを起こし、心肺停止の危機が迫っていると判断できる場合はエピネフリンの自己注射キットを用意し、使えるような法的な環境整備が必要かと思います。
ただし、日本の場合はクラゲに刺されて死亡した症例はごく稀なので、薬事法を改正して医師ではない監視員が使用できるようにすることは難しいのではないかと思われます。
サバ州で一般人によるエピネフリンの投与が可能ならばライフガードは用意すべきでしょう。
あとは、AEDの設置でしょうか。
まだ、サバ州ではホテルや空港などでも目に付きませんが、これの普及も急がれると思います。AEDの設置は「安全を配慮しています」という看板代わりにもなる一種の宣伝効果があります。
欧米や日本ではほとんどの公共施設やホテル・ショッピングモールなどにAEDがあるのは常識となりましたが、これが法的に置けるようになったのはわずか9年前のことです。サバ州でもその気になればすぐ普及できると思います。
また改めて報告書を書かないといけないかなあと思いますが、とりあえずはこんなことを感じました。でも、日本の海水浴場と比べきちんとしたレギュレーションがあり、安全管理のシステムはサバ州の方がずっと進んでいると思いました。
さて、お仕事はほどほどにして、島内をお散歩。

山側に低い柵が設けられている一角があり観光客が中を見ていました。

なになに、トカゲに餌をあげないでください・・・・ですか。
トカゲねえ・・・・

ぎょえ~!コモドドラゴンか!!!
だって、2mくらいあるし。
ここはインドネシアのコモド島ではありません。いるわけありません。

これはミズオオトカゲ。飼っているわけではなく野生です。
BBQの匂いで山から下りてきてしまうので柵が設けられたのだそうです。
いかつい顔でノシノシと歩いて迫力があります。恐そうです。
が、

次の瞬間、ベタ~っとへたり込んでしまいました。
暑いのが苦手なのかもしれません。
そんなミズオオトカゲを柵越しに夢中で撮影していたら、

ギョエ~!私のすぐ後ろにでっかいのがいるじゃないですか。BBQグリルの下にも別のミズオオトカゲが歩いて、驚きました。
遠くから柵を迂回してお客さんのテーブルのところまで歩いてきちゃうんじゃあ、柵なんかしても全然ダメじゃん。
でも、この大きなトカゲは人に害を及ぼすようなことはないそうで、スタッフも全然気にしていませんでした。
こんなところが、ボルネオらしいところでしょうか。

お昼の時間になりました。
島の入場料にこのBBQのランチ代も含まれているのだそうです。

マレーシアの典型的なお昼ごはんだそうです。
中華とインドネシアとインド系が混ざったような感じ。
なかなか美味しかったです。

ランチを食べ終わり、早々に島を離れました。
MISSION 4 SURFING AT TANJUNG ARU BEACH
この後、波は無いようですが、コタキナバル市内の最もポピュラーなサーフポイントのタンジュアル・ビーチのチェックに向かいました。
トゥンク・アブドゥル・ラーマンパークの視察?を終了し、
迎えに来たS.M.I HOLIDAYのサトコさんも加わり、
午後はタンジュアル・ビーチへ。
と、その前に。

ボルネオと言えば、森の人オランウータンのイメージですね。
オランウータンのぬいぐるみですが、どうもこの顔はちょっと違うような感じがします。こちらの人のオランウータンのかわいさのイメージは、日本人が持つオランウータンのかわいさのイメージとはどうも違うようです。
女王のコタキナ子ちゃんの方が日本人の「かわいい」感覚に近いように思います。コタキナ子ちゃん顔のチャイルド・オランウータンのぬいぐるみも用意したらどうでしょうか。

このぬいぐるみが置いてあるお店の名は『カダイク』です。
サバ州政府観光局の直営の物産店ですから、ホンモノのMade in Malaysiaの物だけです。
安心ですね。せっかくのお土産にMade in ナントカが付いていたら貰った人もガッカリでしょう。しっかりMade in Malaysiaを確認しましょう。

熊山さんもミニくまちゃん用に買っていたカダサン族の網籠のミニチュアと、コタキナ子ちゃんの向こうを張ってテングザルのミニぬいぐるみを買わせていただきました。




ボルネオには様々な民族が住んでいるので、それぞれの民族の様々な工芸品が置かれていました。

私がお土産に買わせていただいたのは、サバティです。
マレーシアはイギリスの植民地でしたから、紅茶の生産の伝統があります。
マレー半島でもマレー産の紅茶がありますが、サバの紅茶は典型的な紅茶と言うよりも、少し緑茶っぽさが残る味わいです。以前、お土産で頂いたサバティを飲んだのですが、味わいが深くて今はセイロンティよりもお気に入りになっています。

お店を出て、タンジュアル・ビーチへ。
タンジュアルビーチはコタキナバル市街地の外れ、空港の隣というたいへん便利な立地です。
また、サーフィンができるビーチとして世界の波情報を伝えるMSWのサイトにも表示されているビーチです。この日の波はほぼフラットという情報だったので、サーフボードは持ってきませんでしたが、一応ポイントのチェックをしました。
実はサトコさんはコタキナバルで唯一の日本人ボディボーダー。
現在コタキナバルのローカルサーファーは30人ほどいるのだそうです。
波は滅多に立ちませんが、それでも徐々にサーファーが増えているのだそうです。

波が無いことが確認できたので、今日のホテルのチェックインすることになりました。
コタキナバル有数というよりも、世界的にも有名な5星ホテルの
シャングリラ・タンジュアル・ビーチリゾートです。
私の妻は25年くらい前に一人でこのホテルに泊まったことがあるそうです。
私がこのホテルを知ったのは、小説家の故 景山民夫氏が当時このホテルを一押しの隠れ家リゾートとしてブルータス誌で紹介していたのがきっかけでした。
読んではいませんが、氏の作品に『ボルネオホテル』というのがありましたね。

さすが、部屋も広くて清潔です。


ミネラルウォーターもペットボトルではありません。


バスルームも非常にゆったり。

ここにも総ガラス張りのシャワーブースがありました。

このホテルは夕陽の名所でもあります。ビーチサイドのサンセットバー。

皆さんよくご存知のようで、サンセットを見に来た宿泊客が集まっていました。



残念ながらこの日は雲が多く、夕陽はきれいに見えませんでした。

そして、夕方ロビーで迎えに来てくれたサトコさんたちとお出かけ。

サバ州グッズをフル装備したミニくまちゃん(何だか凄く似合ってる)たちと合流。




市内中心部にあるイタリアンレストランのLittle Italyで
明日帰国する熊山さんを囲んでの女王陛下の晩餐会でした。

これは熊山さんのキナバル山の登頂証明書。
ヴィア・フェラータは標高が3776mの地点なんですね。
偶然ですが、富士山の標高と同じです。

さすが、人気ブロガーの熊山准さん。
おもしろくて、いい人でした。
またお会いできればと思います。
11月7日 MISSION 5 DIVING AT SHIPADAN ISLAND (day 4)
ボルネオ・ミッション4日目。
朝の5時にホテルにお迎えが来ました。

夜明けのコタキナバル空港はまだクルマが少なく静かです。

あたりが明るくなってきたら、キナバル山が見えてきました。
静岡の人が富士山を誇りに思うのと同じように、コタキナバルの人はキナバル山を誇りに思っているようです。

明るくなるにつれ、空港の出発ロビー前には次々とクルマが来るようになりました。

コタキナバルからはマレーシア航空の国内便でタワウの空港まで55分の空の旅。

イスラムの白い装束を着た50人くらいの団体と乗り合わせました。もしかすると2日前のメッカ巡礼の日ハリラヤハジから帰ってきた人たちなのかもしれません。

とりあえずシャングリラ・タンジュアル・ビーチリゾートで用意してもらった朝食で腹ごしらえ。
さすがにリッチですね。

タワウという小さな街に向かう便なのでもっと小さな飛行機かと思っていましたが、
B737-800の160人乗りクラスで満席でした。

飛び立ってすぐにキナバル山頂上付近を通過。
不思議な形の岩盤の頂上で、いずれ登ってみたいと思います。

タワウの空港に到着しました。
外は迎えの人で溢れていました。巡礼の人たちの出迎えでしょうか。
お祭のような人。

今回利用するボルネオダイバーズのバスが迎えにきていました。
ボルネオダイバーズはコタキナバルに本社を持つ最も歴史あるダイビング・サービスで、古くからシパダン島のダイビングの開発に中心的な役割を担ってきた会社です。

バスはしっかり舗装整備された幹線道路を港のあるセンポルナの町へ向けひた走りました。
車窓から見える景色は、一面のアブラヤシのプランテーション。
これが1時間以上の移動中、ほとんど同じ風景でした。行けども行けどもアブラヤシ。
いかに広大なジャングルの木が伐採され、アブラヤシに変わったのか思い知らされました。

センポルナの桟橋に到着し、ボートに乗り換えます。
荷物の積み替え等は全てボルネオダイバーズのスタッフがやってくれます。
普段の国内のダイビングでは重い機材はもちろん、タンクを運ぶことさえ自分たちでやることが多いので、荷物を運んでもらえることだけで感謝してしまいます。

桟橋には屋根がついていて、アーケードのよう。
入ってすぐの広場には伝統的なバジャウの船が展示されていました。
この形の置物がサバ政府観光局の直営店『カダイク』にありましたね。

壁には付近のダイビング・スポットのマップがありました。
名前が付いているスポットだけで1001もあるんですね。
毎日2ダイブづつ潜っても3年かかる計算です。潜りきれませんね。

桟橋の両側には各ダイビングサービスなどのオフィスが並んでいました。
桟橋の先端まではかなりの距離。

オフィスの裏手にはバジャウの水上集落が広がっていました。
バジャウは大昔からフィリピン南部からサバ州にかけてのスールー海を漂泊してきた民族です。
マレーシア政府の政策で陸上に住むバジャウも増えましたが、海岸の水上集落は広大な広さに渡っていて集落というよりも町や市に匹敵する広がりを見せています。
バジャウは古来よりフィリピン諸島とボルネオを往来してきたので、国境の感覚が希薄なのでしょう。
最近はフィリピンから政治経済が安定したマレーシアへの不法移民がとても増えているのだそうです。
でも、これでは取り締まりは難しいですね。

桟橋の先端から、ボルネオダイバーズのボートでボルネオダイバーズ・マブールリゾートへ向かいました。

対岸の島にも水上集落が広がっています。

ボートはしだいに外洋に出ていきますが、セレベス海はほとんど波らしい波は立たず穏やか。

本日の乗客は中国人の2家族6名と、フランス人の一家4人。
クルーが中国人客にライフベストの着用を何度も依頼していましたが、彼らだけ着用を拒否していました。
やはり評判通りですが、日本でも天竜川の転覆事故以降ですからね、義務付けられたのは。

1時間ちょっとの船旅はほとんど揺れず、しだいに深い紺色になる海を楽しみながら進みマブール島が見えてきました。

マブールリゾートのジェティ(桟橋)の先端に到着。

ジェティ先端のダイビングジェティにはデッキチェアもあり、リゾート気分。

さっそくスタッフのリアナさんから施設の説明がありました。
ここは先ほどの反対側にあるダイビングボートの乗り場。
機材の洗い場やシャワー、機材ロッカーやウェットスーツ干場、カメラ置き場などがまとまっています。
そのため滞在中、重い機材を部屋まで持っていく必要は無いのです。

ここはレンタル機材のカウンター。レンタルも安いので何も持たずにこの島へ来る人たちも多いです。

ダイビングジェティから島へ向かう浅い海も御覧の通りの美しさ。

島の中は適度に木々が植えてあり、日陰が作られています。

リゾートの一番奥にあるレストラン棟に先ずは集合して、

こちらがレストラン内部。3食+おやつやソフトドリンクはいつでも飲み放題食べ放題。

その奥にある広い部屋で施設の利用法やシステムなどを説明するオリエンテーション。
最後に書類が渡されて、安全に関する誓約書にサインをしました。

泊まる部屋は敷地内に2部屋が1棟になっているシャレー。
室内はこんな感じで清潔です。
シーリングファンとエアコンもあり、お湯のシャワーも出ます。
サーフィンで海外に行くとエアコンなしお湯なしの宿に泊まることはあたりまえですから(>_<)、比較にななりませんけど。

レストランでお昼ご飯を食べた後、1時からオリエンテーション・ダイブでした。
つまり、お客がどの程度のダイビングスキルかチェックして調整するためのダイビング。
その時は、カメラの持ち込みはできないので、この写真は実は翌日のモノ。
でも、海底の写真がないと寂しいのでちょっと出しておきましょう。


魚の写真はタイミングが難しいですね。接近しないと青色の強い写真になってしまうし、近づくとあっという間に向きを変えてしまうし。

止まっているモノならなんとかなりますが(^_^;)
そんなこんなで午後はダイビングジェティから飛び込んでの2ダイブ。
もう雨期なので透明度がちょっと低くて残念でしたが、なんとかウォーミングアップできました。
さて、シパダン島のダイビングには制限があります。
以前シパダン島には数件のダイビングサービスと宿泊施設がありました。
世界的にも有名になったためダイバーの増加とそれに伴い環境が悪化する事態になりました。
そこで、シパダン島の全てのリゾートが撤去され、近隣のマブール島などに分散され、シパダン島は国が管理する公園に指定されたのです。
そして、1日にここへ潜ることができるダイバーを120名までに限定することとなったのです。
今、日本では富士山の混雑と環境の問題から入山制限の問題が提起されています。
世界遺産登録の付帯条件に入山制限を実施することが決められていますが、
静岡県も山梨県も地元の観光業者の圧力で入山制限の実施がしにくい状況に置かれているようです。
このままでは世界遺産登録抹消の可能性もあるだけに待ったナシだと思うのですが。
それをずっと前から行っているのがここサバ州のキナバル山でありシパダン島なのです。
日本も見習わなくてはいけない事例がサバ州にはあるのです。
さて、120人の制限に対し、対象リゾートやサービスは10件ほど。
ボルネオダイバーズは一番多い1日14人の枠を持っています。
部屋数30で60人まで泊まれるリゾートです。
私がここでダイビングできるのは1日だけです。
さて、シパダンに潜ることはできるのでしょうか。
11月8日 MISSION 5 DIVING AT SHIPADAN ISLAND (day 5)
朝8時、ボルネオダイバーズ マブールリゾートのダイビングジェティを出発。

天気は曇っていてちょっと光量不足ですが、暑すぎなくて良いかなという感じでした。
風はほぼ無風。水温は30℃以上。

シパダン島が近づいてきました。外見上は何の特徴もない島です。

シパダン島のジェティには国の公園管理事務所があり、そこで許可証の確認をします。
名前と国籍、パスポート番号も記入しないと許可が出ません。
なかなかに管理がしっかりしています。
このブログ、地図を入れれば判り易いかなと今更ながら気づいたので、ボルネオダイバーズのマップを引用します。
シパダン島はボルネオ島の東海岸、コタキナバルの南東に位置します。セレベス海に浮かぶ幾つかの島のひとつです。
このあたりはイスラム教徒のフィリピン系バジャウ族が多く住む地域でマブール島にもバジャウの村があります。
シパダン島とその他の島とでは大きな違いがあります。

シパダンの公園事務所に貼ってあった看板ですが、マブール島などの他の島は比較的浅い大陸棚の上に点在する珊瑚礁の島であるのに対し、シパダン島は水深600m以上の深い海底から噴火した海底火山の上にできた島なのです。とても特異な地形を持った場所なのです。
釣りをする人ならお分かりと思いますが、こういった場所は大型の外遊性の魚が集まるポイントなのです。

早速潜ることに。今回は午前中2ダイブ、午後1ダイブです。
本来は4ダイブが基本ですが、私は翌日の午後2時には飛行機に乗ってコタキナバルに戻らなくてはならないからです。
飛行機に乗ると気圧が下がるので、潜水の高圧下で発生し、体内の血液に残留した窒素が沸騰する、いわゆる潜水病の危険が発生するのです。そのため、飛行機に乗る24時間前までにダイビングは終了しなくてはなりません。

潜行途中で1枚。


最初は浅い場所から深場へ。

ヤバい系もいれば

癒し系も

旨い系もいます

ダイブマスターのリアナがマンツウマンでガイドしてくれました。
珍しい魚を探してこんな風に撮り方まで教えてくれます。

なるほど、色まで保護色にしてじっとしている魚は見つけられないです。
ギリギリまで接近して、撮影。よしよし。

あ、行っちゃった(T_T)/~~~

シック系もいれば、


ニモのような派手系もいます。

群れ

群れ

群れ

あれ。

かめ。

カニ

おや、


何かでっかい黒い影

うひゃああ。

出ました!名物ジャックフィッシュのスクール。
30cm以上あるギンガメアジの大群です。
うわあ、1匹でいいから釣りてえ。
この大群の下にはバカでかいジャイアント・トレバリーが張り付いていたのも確認できました。

地雷のように海底にゴロゴロ転がってる、サメ

カメ

オレ
そしてクライマックスは

バラクーダポイントの名の通りの

バラクーダのスクールでした。

やあ、素晴らしい海でした。
まさしくクストーの海底世界をライブで体感しました。
もう1ダイブできればもう一つの名物カンムリブダイの行列も見れたのですがまあ、充分大満足でした。
11月9日 MISSION 5 DIVING AT SHIPADAN ISLAND (day 6)
ダイビングを終え、シパダン3日目はコタキナバルに戻る日。
久々に朝からのんびり。

リゾート内をちょっとだけお散歩。




シャレーのテラスで防水カメラのチェックなど帰る支度を徐々に始めました。

ゆっくりと朝食を食べました。
どこの国でもネコと人の風景は同じですね。
滞在中のお客さんは中国人とフランス人が多かったですね。
特に中国人は急激に増加しているようです。
本格的なダイバーではなく、家族連れでリゾートに遊びに来ている感覚でしょうか。
それに対し、日本人は激減しているようです。
このリゾートでは初日の夜2人連れの日本人女性に出会っただけ。
彼女たちも滞在中に出会った日本人は私だけだそうです。
また、驚いたことにこのお二人は同じ静岡からで、しかも私も知っているダイビングショップのMIUさんの常連さんでした。世界は広いようで狭い。
シパダンでも日本人ダイバー比率は10%以下でしたね。
かつては日本人ダイバーだらけで敬遠されたこともあったようですが、今は落ち着いた状況になってきているようです。お話した横浜からの年配のダイバー夫婦は、何度もシパダンに通うほどこのエリアの魅力にハマっているそうです。そんな魅力あふれるボルネオです。

食後は、干してあったウェットスーツなどの機材をダイビングジェティに取りに行きました。

リゾート内にはガゼボでエステが受けられたり、

プールで過ごすこともできます。

最後にお昼ご飯を食べてボートに乗り込みました。
ネコに見上げられると、弱いですね。こっそり鶏肉あげちゃいました。

タワウの空港で、急病人を飛行機に乗せるために30分ほどの遅延がでましたが、無事飛び立つことができました。救急車のマークは赤十字社ならぬ赤新月社のもの。イスラム国ではキリスト教の十字マークは使えませんから月のマークになります。

帰りの飛行機はイタリア・フランスの合弁で開発されたATR 72-500。70人乗りクラスの小型機で、満席。
お隣の席のテ二アンからビジネスで来たという白人から、このサバ州産のチョコレートが美味しいよと奨められました。日本のODAにも詳しい方で、タワウのエビの養殖事業や自然保護プログラムの話をしてくれました。
一人旅ですと、リゾートなどでは浮いてしまう存在になってしまいますが、こうした交通機関で乗り合わせた人と話が弾むケースがあるので良い経験ができますね。

空港ではS.M.I HOLIDAYの二ベルさんが迎えに来てくれていました。
泊まる予定のホテルがオーバーブッキングだったようで、3つ星ホテルから5つ星のメリディアンに変更になりました。ラッキー!
5つ星のメリディアンですよ、ヴェリディアン3号星ではありませんよ。・・・・って一部のトレッキーな方しかわからないお話ですみません。

広々でシックなデザイン。いいですね。
特に気に入ったのが

デスクがあるんです。自分のベッドルームもこんなふうにしたいなあ。

ここにも全面ガラス張りのシャワーブースが。

お風呂も広々リッチです。
実は、今回の旅ではお風呂にゆっくり浸かる時間がなくて、シャワーだけだったんですよ(T_T)
やっぱりせっかくのチャンスなので、出来るだけ多くのモノを見て経験しておかなくてはと思いました。

市街地の中心に立つメリディアンホテルの前には屋台村とマーケットがあります。

その先の岩壁ではバジャウの漁船が市場に魚介類を運びこんでいました。

この日はサタデイナイト。街は賑わいだしていました。

ホテルの窓からは見事なサンセット。
夕飯の時間までの間、街を探索してみることにしてみました。

ボルネオというとジャングルのイメージで未開の部族の部落か、アジア的な埃っぽくて生臭い町をイメージしてしまいがちですが、とても近代的で整然としています。

スタバも普通にあるし、

なんとクイックシルバーも

ロキシーも!
ただし、サイフボードやサーフ用品は置いていません。サーフィン人口30人ですから。
こちらの人もリゾートウエアメーカーだと思っているようです。

お洒落な本屋さんもあるし、

日本でポピュラーなブランドのお店なら、たいていはこの街にもあるという感じです。

歩き回っていたら、中心街の真ん中にあるショッピングモールの『センターポイント』に入っていました。

マックもケンタもありますし。

ワタクシ愛用の旅用ミニパソコンのASUSもありました。

iPhone5cはこっちでも0円キャンペーン。

これ本物か?麦藁のルフィーも人気者なんでしょうか。
その後は、あの夜店のマーケットに行ってみました。

野菜・果物なんでもドカンと揃っていて、めちゃ安いのだそうです。

マグロのぶつ切りドーン。

凄い活気です。

アジアンパワー感じます。
そして夕ご飯。

女王は出張中でコタキナバルにはいないため、
S.M.I HOLIDAYの二ベルさんとサトコさんがこちらへ連れて行ってくれました。

まさしく行列のできる超人気店。

せわしないと言えばせわしないのですが、

これぞアジアの夜を満喫ですね。

マレーシアの鍋料理『肉骨茶』(バクテー)です。
普通は土鍋で煮込むのが主流ですが、
このような形も人気だとか。
豚の内臓系がメインですが、それ以外もオーダーできます。
こういう慣れないものには苦手意識があったのですが、
美味しく頂けました。
さて、明日はいよいよボルネオ島の一番北にあるクダットへ出かけてサーフィンの予定です。
そのための食料を買うためスーパーマーケットに寄りました。



野菜、くだもの、お菓子類、日用品など商品も種類も豊富でした。


ボルネオ島の古来よりの特産品、胡椒も豊富な種類と量が揃っていました。
さて、明日は最終ミッション。私の一番のお目当てのサーフィンです。
旅行前、インターネットでボルネオでのサーフィンの記録を探したのですが、日本人が書いた記録でまともにサーフィンの写真が載っているような物は見つけることができませんでした。
ひょっとしたら、本邦初公開のボルネオのサーフィンをご紹介できるかもしれません。
11月10日 MISSION 6 SURFING AT KUDAT (day 7)
いよいよファイナル・ミッション
朝は3時半起きでした。

4時、Wendy Tours(S.M.I HOLIDAY)のサトコさんと彼氏のBarryさんが迎えに来てくれました。
今日はいよいよボルネオでサーフィンです。
途中、未舗装路があるとのことで、会社のハイエースではなく、サトコさんの4WDで来てくれました。
屋根にボードを積んで出発

前日に超大型台風の台風30号がフィリピン・レイテ島を襲い大変な被害をもたらした模様でした。
フィリピンと隣接しているサバ州ですから波が大きすぎてしまうのではないかと危惧しておりました。
でも、台風は北の方へ去って行ったようです。

朝、まずチェックしたのが、
世界の波予報を伝えるMSWのポイント予想。
波のサイズもほどほど、風もほぼ無風の絶好のコンディションの予想でした。
出来過ぎです。
しかし、初めての場所。他にはほとんど情報らしい情報がありません。
でも、今回の強みは、ガイドしてくれるサトコさんが唯一の日本人ボーダーなら、
Barryさんはローカルサーファーです。
かつてはボルネオダイバーズに務めていた事もあるダイビング・インストラクターですからこれ以上の案内役はいません。

コタキナバルの市内を抜け、時速80キロくらいで夜の幹線道路を突っ走って行きました。
ただし、アジアの他の諸国よりクルマも多くはなく、マナーも悪くはありません。
道路も広く舗装整備されています。

1時間半ほど走って夜が明け始めました。
あたりはすっかり農村風景。
犬や牛や鶏などの家畜が放し飼いにされていて道路に寝そべっていたりして、注意しないとぶつかってしまいます。
実際、何十という轢かれた犬や鶏の死骸が道路上に点々としていました。
水牛にぶつかったりするとクルマは大破、牛の弁償金も払わなくてはならないそうです。
そんなことがあると、すぐに近所の人が集まって解体ショーが始まってしまうそうです。

途中の小さな町でトイレ休憩。

目的地のクダットは島としては世界第3位の広さを持つボルネオ島の一番北の先端です。
コタキナバルからはクルマで3時間半かかるので、サーファーは非常に少ないという場所。
時間的には静岡から伊豆下田に行くのと同じくらいです。
プチ・トリップ感覚でしょうか。

途中、一部に未舗装路がありましたが、豊浜の方がガタガタですねえ(笑)
ボルネオで四輪駆動車というと、キャメル・トロフィーみたいな道をイメージしてしまいますが、道路は整備されています。
そして、

目的地のクダットのビーチに到着しました。
とても静かで穏やかなビーチ。
早速、砂浜から沖を見ると。




予想したほどのサイズはありませんでしたが、
ビューティフルでワンダフルな波でした。
ローカルの若い子たちが3名入っているだけ。





仲良し3人組でローテーションするような形で波をシェアしていました。

ビーチにはこんな小屋があり、

ローカルの子供たちが遊んでいました。
今日は、日曜日です。
もっと多くのサーファーで賑わっているのかと思っていました。
こんなに美しく手頃なサイズの波がある日曜日でこの状態です。まさしく天国です。
私とBarryもここへ入ることにしました。
先に入っていた3人の邪魔にならないように一番良い場所は避け、
少し離れて波待ちしました。
良くない場所からでも上手く乗るというのが腕の見せ所。
初めての場所でローカルから一目置いてもらい、友達になるにはそういう姿勢が必要です。


波が滅多に立たないコタキナバルに住むBarryですが、積極的に乗っていました。

手頃なサイズ、きれいな波ですが、ミドルからインサイドの早めのブレイク。
私の好きなアウトサイドの大き目をカットバックで繋いで乗る波とはタイプがちょっと違います。
でも、きれいな波はとても気持ち良く乗れました。


こちらはローカルの兄貴分的な存在のSidi。
気さくないい奴でした。



インサイドが掘れるので、入れるかなあと覗きこんでみました。

狙ってみましたが、抜けられるような波はありませんでした。
でも、充分過ぎるくらい大満足。

一旦上がって

こちらで朝食をとることにことになりました。

ビーチのすぐそばに建つ、

Tip top restaurantです。
サトコさんがここのオーナーのHoward Stantonさんに紹介してくれました。
彼はここに移り住み、レストランとTampat A Do man(かな?)という宿を建て、
地元の食材を使い、困っている地元の人たちを助けながら経営しているのだそうです。
気さくないい人のようです。

この日は壊れたアンテナの修理で忙しいようでゆっくりはお話できませんでした。

レストランの壁には、近隣のシュノーケリングスポットやサーフポイント、ウォーキングトレイルなどが描かれた手書きの地図がありました。
このエリアはビーチブレイクだけでなく、リーフブレイクもあるとのこと。

食後に、他のポイントを見に行く事にしました。

あたりのビーチには漁師以外の人影は無く、とても静か。

砂州で地続きになった丸い島に沿ってブレイクするライトハンドのリーフブレイクと
その反対側にレフトブレイクがありました。
とてもロングライドができるのだそうです。
波が小さすぎたので入るのを止めましたが、今思えば、入っとけばよかったかな。

一応観光地のTip of Borneo
ボルネオ島の先端に行ってみました。

この先端から左側は南シナ海、シンガポール・タイ・カンボジア・ベトナム・中国に繋がります。
右側はスールー海、フィリピンに隣接しています。

他のポイントは波が小さいので再び最初のポイントに戻ってきました。

極薄のボードに乗り換えたSIDI.

小さな子もがんばっていました。

Barry

Sidi

私ももう一回入って満喫することができました。
大満足。
さて、ここのポイント名は『ロングハウス』

正面にSidiのお父さんが所有するロングハウスがあるのです。
ロングハウスとはルングス族の民家のことで、普通は4~5家族がこの1件の家で共同生活するのだそうです。
でも、このロングハウスは宿として使われています。

看板を見ると、ロングハウスで雑魚寝なら1泊40リンギット(約1200円!)だそうです。
このコテージ型も借りれますよ。
ちなみにシャワーはこの青いタンクの水をお借りしました。


ここに長期滞在してこんなふうにのんびり波が来るのを待つ日々を送るなんていうのは贅沢でしょうか。

Barry、そしてサトコさん、ほんとうにありがとうございました。
かなりスペシャルなサーフィン体験。
また訪れてみたいものです。

帰り道、沿道のお店で名物の焼きトウモロコシを頂きました。
焼きトウモロコシといっても、焼き方が日本とは違いました。
皮が付いたまま焼くので、トウモロコシは蒸し焼きみたいになります。
これもまた妙案ですね。

コタキナバルの少し手前で、ガソリンを給油しました。
ペトロナスのスタンドです。
ペトロナスといえば自動車のF1レースのメルセデスAMGペトロナスチームで世界的に有名です。
ペトロナスはマレーシアの国営石油会社。
クアラルンプールのペトロナスツインタワーは20世紀に建てられた高層建築では一番の高さ452mの88階建て。ツインタワーとしては現在も世界一です。ちなみに日本で一番高いビルは昨年完成したあべのハルカスの300m60階です。2位は横浜ランドマークタワー。
マレーシアは強力な経済基盤を持つ伸びしろがある国なのですね。

コタキナバルの最後の夕陽。

夕飯は女王の飛行機が飛べなくなったとの知らせで、
最後にお会いすることができませんでしたが、
サトコさんとBarryと3人でスチームボードという鍋料理を頂きました。

これも美味しかったです。
日本人はマレーシアについてあまりに知らないことが多いなと実感されます。
サバ州だけでも富士山より高くて整備された世界遺産キナバル山があり、
シパダンのような世界的なダイビングスポットがあるセレベス海の島々、
その他、今回は訪れることができませんでしたが、
キナバタンガン川のサンクチャリ、セピロックのオランウータン、ダナンバレー自然保護区他あちこちに野生動物の宝庫があります。
ハワイより近い6時間弱の飛行機、しかも時差は1時間で時差ボケなし。
良い事ずくめなのです。
ただし、あまり知られていないボルネオ。
今回のブログで少しでも知る人が増えてくれれば良いなと思います。
まだ書き足りない事を後から追加するかもしれませんが、
とりあえず、これでボルネオ・ミッションは完了です。
皆様、長い文章を読んでいただきありがとうございました。
BORNEO MISSION START

先ずは新幹線で品川、そして成田エクスプレスで成田空港第二ターミナルへ向かいます
今回の旅はマレーシア航空の成田→コタキナバル直行便就航記念に伴う
マレーシア・サバ州政府観光局のブロガーご招待のプレス(報道)ツアーなのです。
今回選ばれたブロガーは3名。
日本を代表するアルファブロガーである『ネタフル』のコグレマサトさん。
『R25』『サイゾー』などで執筆活動をしているライターで、登山のエキスパートでもある熊山准さん
そして、わたくし『来たよ!いい波』のエディ タチカワです。
熊山さんが山彦担当なら、私は海彦担当と考えていただければ良いかと思います。
これからマレーシア・サバ州のあるボルネオ島の海を中心に紹介していきます。
外せない名所を回ったコグレさん、ジャングルや4000mオーバーの山岳に登り大自然を歩いた熊山さんのブログ、そしてサバ州政府観光局の公式ブログのコタキナコさんのブログもあわせてご覧ください。
今日は新幹線で品川へ。

スーツケースは宅急便で成田空港送ってしまったので持ち物はデイパックとサフボード。
軽くて頑丈なEPSエポキシでオーダーしたDoc.Bushwacker 。
6'6"のサイズにこだわったのは、新幹線に立てて持ち込んでもギリギリ天井に届かない長さなのです。
これが7フィート以上だとつっかえちゃうんです。
これぞ、究極の旅ボードだと自負しております。

品川駅は新幹線ホームと成田エクスプレスのホームが隣接しているので乗り換えがとても簡単。
静岡からだと成田まで行くのもちょっとした旅行ですからできるだけ無駄な体力は使わないプランニングが大切です。

成田エクスプレスの現在の車両はドア横の荷物スペースが小さくなった代わりに、網棚が設置されたので空いていればボードも置かせてもらえます。

肘掛けにはコンセントがあるのでスマートフォンやパソコンを使うのが便利になりました。

空港第2ビルの出発ロビーのヤマト運輸でスーツケースを受け取り、
マレーシア航空コタキナバル行きMH81便にチェックインしました。
コタキナバルまでは、バリやハワイよりも、全然近い約6
時間のフライトです。

マレーシア航空81便は定刻出発。

熊山さんたちが搭乗した就航第一便は1時間くらい遅れたということなので覚悟していましたが、順調でした。

ANAのB787ドリームライナーの着陸を待って滑走路に入り離陸しました。
私が乗った機体はB737-800。
国際線とはいえメジャーな路線ではないので3席×3席の中型機です。

エコノミークラスでしたが、シートは革張り。
オンデマンドのビデオモニター付きは今や常識というところでしょうか。
映画のタイトルも新作こそ少なめですが、豊富です。
ハリウッドものだけでなく、日本映画、中国映画、韓国映画、インド映画、イスラムの映画など、アジアの中心に位置するマレーシアの国際性を現わしているようです。
何を観ようか迷いましたが『Man of steel』(スーパーマンのリメイクの新作)を観ました。
ビデオモニターの右下には、USB接続で使える電源が付いています。
おかげでスマートフォンやタブレットを充電しながら使えてとても便利です。今もタブレットを充電しながらこの文章を書いています。
あ、もちろんスマートフォンやタブレットは機内モードにして使わないといけないですね。

飛び立ってすぐランチとなりました。
映画と旅先の下調べをしていたら、あっという間にコタキナバルに到着となりました。
5時間45分の旅でした。

コタキナバル空港はとても現代的なデザインのアーキテクチャ。
人口規模や都市規模が静岡県と同じくらいのサバ州ですが、静岡空港のみすぼらしさとは雲泥の差。
入国審査も簡単。入国カードも廃止されたとのことでパスポートと指紋のチェックだけです

大型機ではラゲージが出てくるのに時間が掛かりますが、中型機は早くて良いです。

外に出ると、サバ州政府観光局のRieさんとブロガーの熊山准さん、そして現地旅行社SMI HOLIDAYのサトコさんさんとニベルさんが出迎えに来てくれていました。

何だか旧友と久しぶりに会ったような和やかさ。
実はRieさんとはブログを通した10年来の旧知の知り合いなのです。Rieさんは当時、『ボルネオの女王』というハンドルネームで『お口あんぐりボルネオ島』という日常の様々を綴った抱腹絶倒のブログを書いていて、私は欠かさず読んでいた熱心な読者だったのです。

先ずは市内の中心部にあるホライゾンホテルにチェクイン。

普段私が泊まるようなホテルと違い、格調のあるモダンデザインです。

その後すぐにこちらのPARTY PLAYというお店でサバ州政府観光局主催の晩餐会です(笑)
一週間前に初便で来ている招待ブロガーの熊山准さんはキナバル山登頂から戻ったばかりでお疲れだったでしょうが、ご一緒できて良かったです。
同じブロガーでも熊山さんはレベルが違います。
文章力もさることながら、iPhone5Sと最新のSONYのレンズカメラを駆使してどんどんブログをアップしていく技はトップブロガーのなせる技。
未だにコンデジとミニパソコンでPhotoshopを使ってブログを書いている私とは速度が違いますね。

もう夜の10時をまわっているのでビールで乾杯した後、ピザやトルティーヤなどで腹ごしらえ。熊山さんとボルネオの女王のキナバル登山の話などで盛り上がりました。
到着早々に酔っ払いモードに突入です。
明日は最初のミッション。
どんなことが待ち受けているでしょうか。
11月5日 MISSION 1 ZIP BORNEO (day 2)
昨夜の女王主催の歓迎レセプション(笑)で気持ちよく酔っ払い。
ホテルに戻りました。いよいよ翌日からミッションが始まるのでカラダを休めておかなくてはなりません。

コタキナバル中心街に建つHORIZON HOTELはなかなか凝ったデザイン。

壁はダークな木目で液晶テレビも壁に組み込まれたデザイン。
アダルトな雰囲気です。

バスルームも全面ガラス張りのシャワーブースと広いバスタブ。
アダルトな雰囲気がますます強くなってきます。

ベッドはダブルとシングルが入っていて
既に美女が寝息を立てている・・・・というのを期待したのですが、
女王に出したリクエストは、却下された模様です。
日本での女王との打ち合わせで、
女王「一人で各地を回ってもらいますけど大丈夫ですか?何かリクエストがあれば・・。」
エディ「できれば、添い寝をしてくれる女性がいてくれると良いのですが。」
まあ、この夜は思いのほかアルコールが回ってしまってフラフラで、この後ブログをアップするのに難儀してたんですけどね。
翌朝、部屋から見る景色は

こんな感じ。
すじむかえの建物はコタキナバル市役所。まさに市の中心部。

ホテルの北側すぐに海が見えました。

先ずは1階のブッフェで朝食。朝の7時前ですが、中国人の観光客でいっぱいでした。

この旅は満腹ツアーにもなりそうなので、少々控えめにしました。

HRIZON HOTELはこんな外観です。
7時45分、ツアー会社SIM HOLIDAYのサトコさんと二ベルさんがお迎えに来てくれました。

1時間半ほどのドライブということで、セブンに寄って飲み物を調達。

今回はコンビニの支払いまでサバ政府観光局が持ってくれているんです。
お大名旅行の様相のミッションですが、そんな甘いはずもありません。

コタキナバル周辺の道路は広々とした作りになっていて、信号機の交差点の代わりにロータリーになっています。日本でも今後はこの方式に切り替える工事を進めるそうですが実にスムーズですね。アジアとしては車も少なくマナーも非常に良くて、隣国のインドネシアやフィリピンとは雲泥の差。

海沿いの幹線道路を右折し、山の方に入っていくと富士山よりも高い山であるキナバル山(4095m)が見えてきました。

途中で、キナバル山が良く見える吊橋に寄ってくれました。
結構揺れるつり橋でしたが、現地の人はオートバイで行き来するようです。

橋の上から、堂々と聳えるキナバル山が見えました。

静岡には世界遺産の富士山がありますが、
コタキナバルにはやはり世界遺産のキナバル山があります。
コタキナバルの名前もキナバル山の街という意味なのだそうです。
キナバル山と富士山の共通点は、現地の人にとって霊場であり、郷土の誇りでもあるようです。古くから学校行事としてキナバル山に登る学校もあるようです。

ツアー会社のバンはどんどん山奥へ入っていきました。

ここは田んぼの跡地だそうで、

水牛が草を食んでいました。
マレーシアでも若者の農業離れが進んで耕作放棄地が増えているようです。
ただ、水牛は婚礼の持参金として使われる習慣があるとのことで、あちこちで放牧されているのが見られました。

そして、この緑の芝生が広がる施設が、今日の目的地。
昨年くらいにオープンした新しいアクティビティのZIP BORNEOです。

この施設のBusiness Development DirectorのBeverly Chiaさんが施設の説明や会社の紹介をしてくれました。

入り口付近には団体用のキャンプ場がありました。

テントの下はこんなベッドになっていて、ベッドの上には一人用の蚊帳を吊るのだそうです。
まるで軍隊の訓練場みたいですが、蒸し暑いジャングルの中ですから、この方が涼しくて気持ちよいのだそうです。
さて、いよいよZIP BOLNEOでのミッションがスタート

ヘルメットと命綱を取りにつけました。
スニーカーやトレランシューズのような靴を履くのがベストですが、土地柄サンダルで来てしまうお客さんも多いようで、アウトドア・サンダルの用意がありました。
二ベルさんとサトコさんも準備完了。

この塔は18mの高さがあるそうです。ビルの6階の高さにあたります。

最初にトライしたのは川の対岸まで張られたワイヤーをハーネスを付けて滑り降りるZip Line。インストラクターが注意事項等を説明するブリーフィングをきちんとやっていました。
心臓が弱い人向きではないですが、

空中をビューンと飛ぶように200mを滑空。

あっという間(約1分間)に対岸に到着しました。

戻るのも別のもう一本のZip Lineでビューンと100m。
スリルもありますが、気持ちがよいという印象の方が強かったです。
そして、再び18mの塔に登り・・・もう息が切れています。
かなり急な階段を登るので・・・。
次は中段に張られたワイヤーに吊り下げられたネット。

綱渡りならぬ網渡りといったところか。
高度感があり、スリリングですが、それほど難しくはありません。
高所恐怖症の人はちょっと無理かも。
塔の上ではインストラクターが全員に命綱を装着し、必ずブリーフィングをしてくれます。
安全には充分な注意が払われるようスタッフの訓練が行き届いているようです。

その次はまさに綱渡り。頭の上にもう一本のワイヤーが張ってあり、それに掴ってバランスをとりながら進みます。
結構脚がぶるぶるして脚の筋肉も腕の筋肉もフル稼働。

これはキナバル山でできるヴィア・フェラータの予行演習には最適かもです。
ヴィア・フェラータの体験記が熊山さんのブログにアップされているので是非ご覧ください。凄いですよ。
世界遺産のタマヒュンアクティビティ「ヴィア・フェラータ」前編
世界遺産のタマヒュンアクティビティ「ヴィア・フェラータ」後編
無事渡り終えました。ここまではなんとかなるレベル。

3つ目の課題。足元はワイヤー1本。
掴れるワイヤーは無く、
その代わりに、たるんだロープが2本渡されています。
どうするんだ、これ。

ロープを左右の手で一本づつ掴み、
引っ張ってテンションを掛けていきます。
そうすると自分の両腕と左右のロープが1本のロープのように繋がります。

しかし、移動するためには左手で持ったロープを手繰り寄せなくてはなりません。

右手のロープを放したら、落ちちゃいますから・・・。
左手の太いロープは左手の指だけで手繰り寄せるしかありません。

脚はガクガク、腕も指も筋力の限界近い状態。
止まって休憩するにも自分の筋力でロープにテンションを掛け続けなくてはなりません。
落ちちゃえば楽になれるよという誘惑が・・・。

めげそうになりながらも意地で渡りきりました。
明日は筋肉痛確実です。
ボルネオでこれをやるってことは、
オラウータンの樹上生活を体験するということなのか。

筋肉がたがた、汗だくですが、最上部のセクションも渡りきりました。
何だか旭山動物園のオランウータンになった気分です。
ようやく渡り終え、降りられると思いましたが、

降りるのはこれで。

学生の頃以来の懸垂下降で下りました。

ようやく地上に降りられたと思ったのもつかの間。

今度はボルダリングで壁登り。

最近流行のボルダリング。俳優の向井理もやっているということで、
女性にも人気のスポーツになりつつありますが、

私は初挑戦でした。
基本的には登山の岩登りと同じなので
これもクリアできました。

これにてZip Borneoにての訓練は終了とはいかず。

次のミッションのため、クルマで川の上流に移動しました。
MISSION 2 RIVERBUG WHITE WATRE RAFTING
次のミッションはラフティング。
KIULU RIVERを下ります。

ゴムボートによる激流下りですが、今回は初級コースの紹介です。
私は大学時代に探検部に所属していて、今年で37回目を数えるラフティングの大会『日本リバーベンチャー選手権大会』の第一回大会と第二回大会に出場した経験があるのです。
でも、その大会が最後で、ラフティングをするのは実に35年ぶり。

RIVERBUGのインストラクターが各自にヘルメットとライフジャケットを配布し装着方法をブリーフィング。

漕ぎ方や、指示の説明、落ちた時の流され方、ボートへの這い上がり方などを実演して説明してくれました。これが実に聞きやすい話し方と判りやすい説明でした。
巧みな操船ができることよりも、このブリーフィングがわかりやすいというのがラフティングに限らず優れたインストラクターの一番のポイントだと思います。

早速、川に入りました。ここはそれほど流れは急な場所ではなく、日本の四万十川のカヌーサービスがある辺りの流れに似ています。
こちらは雨季に入る季節と言うこともあってか、水量は充分でした。

後方から台湾の若者でしょうか、とても陽気でフレンドリーな中国人のグループが下ってきました。

インストラクターはこの位置でコントロールします。

急流といっても危険な箇所はなく、トロ場と急流が程よくミックスされたコースで飽きさせません。

後方の中国の若者たちと水を掛けあったりしながら付かず離れず下る格好でした。

水面と言う低い視線。これは動物の視線に近いかもしれません。
人工物が少ない自然の川の景色は日本ではなかなか味わえません。

急流は気持ちよく進みます。
私は前方に座らせてもらいましたが、たまに水をかぶる程度。

5倍ズームまでしかない防水カメラで撮っているので、
水辺に現れたミズオオトカゲの子供を撮りましたが流木にしか見えませんね。

中国人の若者たちはノリノリなので、インストラクターがわざとボートをひっくり返そうとしたりのサービス。

平均年齢が高い(私がですが・・・)我々のボートは穏やかにジャングルの風景に浸って下りましたが、

最後のほうではやっぱり水に浸かってボディ・ラフティング。
水が冷たくて気持ちよかったです。
流れはゆっくりなように感じますが、
脚がつく場所でも立っていられないくらいの水流の強さでした。

日本では子供が川原で遊んでいて川に流されて亡くなる事故が毎年のように起きますが、
こういった川下りを子供に体験させて、川の水流というものがどんな強さを持っているのか体で学習させるような教育も本当は必要なのではないかと思いました。

高い塔に登ったり下ったり、綱渡りをしたりで汗だくになったカラダには、
このくらいゆったりとして気持ちのよい水遊びはちょうど良いですね。
ボルネオの女王からこのミッションを受けた時、場所は限られますが日本でも体験できるZip Lineやラフティングを、わざわざボルネオで体験する必要があるのかなとの思いもありました。
でも、地元のサバ州のインストラクターたちと触れあい、サバ州の自然のなかで体を動かすことは、ここでしか体験できないことなのだと感じました。
世界遺産や、希少動物が棲む国立公園を巡るのもサバ州の魅力ですが、
こういったアクティビティもこれからのサバ州の魅力となっていくでしょう。
現在はこういった新しい欧米のアクティビティをそのまま導入している形ですが、これを熱帯のジャングルという土地柄でアレンジしてインディ・ジョーンズ的冒険の雰囲気をミックスさせたりしたら、もっと個性的なテーマパークに発展させられるように思います。
昔の探検帽子を被た衣装でジャングルウォークをしたり、個性的な民族の多い土地柄、首狩族の吹き矢の体験が入ったりしたらもっと面白いかもです。


ラフティングの終点は、先ほどのZip Borneo。
レストランで出されるBBQが美味しかったです。
Zip BorneoのZip Lineとラフティングは予定よりも早く終了しました。
そこで、ボルネオを象徴する動物を観に行くことになりました。
これは女王のミッションにはなかった番外編。
SHANGRI-LA'S RASA RIA RESORT SANCTUARY
今回の私のミッションは海がメインのため、ボルネオ観光の目玉とも言える希少野生動物を見る機会がありません。
そこで、現地旅行会社のSMI HOLIDAYのサトコさんがオランウータンのリハビリ施設に寄ることを提案してくれました。

コタキナバル郊外にあるシャングリラ ラサリアリゾートの敷地内にその自然保護区があるのです。ここはシャングリラ ラサリアリゾートとサバ州野生生物局との共同で運営されている施設です。

リゾートホテルのロビーを抜け、庭を通り東側の山の麓にその施設がありました。

こちらは宿泊客もビジターも有料のプログラムで、10時と14時の2回のみの開催。
しかも人数制限があります。子供のオランウータンを驚かせないためもあります。
先ずは、保護活動が必要になった理由からどのような活動をしているかなどの解説ビデオを30分ほど観ます。
オランウータンが希少動物になってしまった最大の理由は森林の伐採です。
かつてボルネオの森林は木材輸出のため切り出され、その最大の輸出先は日本でした。
現在ではアブラヤシの作付けのため森の伐採が進んでいます。
アブラヤシから採れる油は安価で高品質な食料油としてほとんどの加工食品に欠かせない原料の一つとなっています。また、各種の洗剤などにも大量に使われていて今やマレーシアの代表的な輸出品として経済を支えています。
そのためオランウータンは棲みかをなくし激減しているのです。
オランウータンは7~8年に一度しか子供を生まない繁殖力の弱い種。
親を亡くし、孤児となったオランウータンの赤ちゃんを育て、訓練して森に帰れるようリハビリを行う活動を国を挙げて行われています。
有名な施設はボルネオ東部のセピロック・オランウータン・リハビリセンターが有名ですが、ここラサリアはセピロックに入所する前のいわば幼稚園のような施設なのだそうです。

いよいよ山の中に入っていきます。

オランウータン以外でも、いろいろなネイチャープログラムがあるようです。

結構な山道。サンダルで来ちゃいましたが本来はちゃんとした靴で来てください。

こちらのデッキが観察のためのスペース。
もちろん外へは出てはいけません。
もしもオランウータンが近づいてきても絶対に触ってはいけません。

このプログラムは朝と昼のフィーディングタイムにあわせてあるのですね。
まだ小さいオランウータンが2頭お食事中でした。

このしぐさと表情が何ともいえないですね。
もう伸び伸びと食べておりました。
しかし・・・・

樹上に別の影が。
カニクイザルです。
ここでカニクイザルが出てくるのは珍しいみたいです。
オランウータンは単独で生活しますが、カニクイザルは集団で行動します。

たちまち10頭以上のカニクイザルが集まり、怖気づいたオランウータンの子供は

なんと、我々がいる観察デッキの上に登ってきてしまいました。
世話をしているパーク・レンジャーの人が、オランウータンの子供の手を引いてデッキの反対側に連れて行きました。なんだか人間の親子と変わりませんね。

希望すれば、ここで1時間近く観察をすることができるそうです。


やっぱりオランウータンは愛嬌のある動物ですね。
究極の癒し系キャラ。
保護区とはいえ、自然の中で生きている姿を見ることができてたいへん良かったです。
ラサリア自然保護区から帰る途中、

モスクの写真を撮ってきました。
コタキナバルでも最も目立つ建物
まるでシンドバッドに出てくる宮殿のよう。

国旗を見ると判りますが、マレーシアはイスラム国です。
州と首都を表すストライプとイスラムの象徴の月と星です。
でも、サバ州はイスラム教徒よりもキリスト教徒が多いのだそうです。
ちなみに右側の旗はサバ州の旗。象徴はキナバル山です。
この日11月6日はイスラム教で重要なメッカ巡礼の日ハリラヤハジのためマレーシアは祝日でした。

次に訪れた建物は、女王の宮殿。
いえ、女王の執務室(笑)のあるサバ州政府観光局の建物。
こちらは戦前のイギリス統治時代の庁舎で、歴史的建造物なのだそうです。
あ、このブログを読まれている方が誤解をするといけないのでもう一度書いておきますが、
ここに出てくる『ボルネオの女王』とは、今回のボルネオの取材旅行を企画してくれたサバ州政府観光局のRie haradaさんが10年ほど前に使っていたハンドルネームのことです。そのため私は今もRieさんのことを女王と呼んでいるのです。
KAMPUNG NELAYAN
そして、夜になり、

こちらのお店で女王主催の晩餐会。

いえ、正式にはサバ州政府観光局主催のお食事会です。

いきなり乾杯の写真ですが、この日も招待ブロガーの熊山准さんとご一緒できました。
ブロガーのお約束でしょうか、乾杯はカメラで写しながらです。
こっち側から私も撮ってるってことですけど。
そうそう、何で乾杯したか書かなくちゃ。

左はここで最もポピュラーなシンガポールのタイガービールですが、
今回の乾杯酒は乾杯の写真で熊山さんの隣に写っているサバ州政府観光局のマーケティング・マネージャーのSimon Jr. Jalinさんのご実家で製造販売しているライス・ワインでした。



中華です。お料理がざくざく。

ディナーショーが始まりました。
サバ州の主な5つの民族のダンスが順番に披露されました。

女王がこれは何族と解説してくれましたが、酔っ払って覚えられませんでした。

あげくにステージに上げられて、踊るはめに。
熊山さんはミニクマちゃんを躍らせて撮影中。
文章もオモシロイ人ですが、おしゃべりもやる事もオモシロイ人でした。
才能豊かで素晴らしい。


ステージは進み、

最後は首狩族の登場。吹き矢の実演があり見事命中。

またしてもステージに上げられて、吹き矢で狙います。
難しくてなかなか矢が飛びませんでしたが、コツがつかめて見事命中しました。
なんか、とっても嬉しかったなあ。

最後に、お客様を交えてのバンブーダンスで締めとなりました。

楽しかったです。メチャメチャ酔いが回ってしまい、失礼が多かったかもしれません。
以前女王は日本政府の大臣の接待にもこのお店を使っているそうです。
・・・と言うことは、大臣並みのVIP待遇!?

コタキナ子さん、ありがとうございました。
11月6日 MISSION 3 PULAU SAPI (day 3)
毎日いろんなことがあって盛りだくさん、今日からいよいよ本格的に海編スタートです。
先ず行ったのはトゥンク・アブドゥル・ラーマン公園。
と言っても、コタキナバルの市街地からボートでわずか15分の沖合いに浮かぶ島々のことなのです。
アブドゥル・ラーマンって僕らの世代なら聞いたことがあるでしょ。マレーシアの独立の父と言われ初代首相を務めた人物の名前です。

通常はジェッセルトン桟橋から出るボートが一般的なのだそうですが、混むかもしれないのでということで、

S.M.I HOLIDAYの二ベルさんが高級リゾートのステラ・ハーバーから出るボートを予約してくれていました。行く先々で二ベルさんの友達がいっぱい。いい人だから顔も広いのでしょう。
このステラ・ハーバーリゾートはかつてTTP交渉の会議が開催された高

マレーシアは我々が想像するよりもお金持ちが多い国です。ここステラ・ハーバーには高級クルーザーがいっぱい。人口50万人クラスの地方都市のイメージとは程遠い優雅さ。
アブラヤシの話はオランウータンの時にしましたとおり一大産業です。
サバ州の隣のブルネイは石油産出国で税金も医療も教育費もタダということで有名ですが、マレーシアも隣国インドネシアとともに石油産出国なので経済は豊かです。石油が出るから第二次世界大戦で日本軍の侵略を受けたこともありました。

ボートはお金持ちそうな中国人の数組のカップルと乗り合わせました。
このような渡し舟のようなボートですが、ライフジャケットの着用が義務付けられているようです。安全に関しては日本よりも厳格なように感じます。

あっという間に沖の島に到着。

桟橋には観光客を乗せたボートが次々と到着してきます。
白い砂浜と青い海。
こんな環境がビジネスで忙しい街の真中から15分にあるのですから、素晴らしいですね。

この島は公園内の島のひとつ、サピ島です。とても小さな島。
他にもガヤ島やマヌカン島があります。
ブロガーの熊山准さんはガヤ島に渡り、ガヤナ・エコ・リゾートのレポートしていますのでそちらをご覧ください。ガヤ島は原始の熱帯雨林を残す大きなネイチャー・アイランドで、トレッキングやカヤックで自然を満喫するリゾートです。
私が訪れたサピ島はどちらかというと、街に近いお手軽週末リゾートというか、海水浴場という感じです。東京首都圏なら横須賀の猿島みたいな感じでしょうか。

しかし、美しさが全然違います。
南洋の島そのもの。

完璧にリゾート気分満喫できるビーチです。
サンゴ礁の海底を覗くシュノーケリングや白砂のビーチで寝そべる人たちがいっぱいいました。
ビーチから島の中のほうに入っていくと

テーブルが並んでいて、木陰でゆっくり食事やお茶しながらゆっくりくつろげます。

こんなアジアンビューティなおネエさんや

こんなヨーロピアンな人たちも大勢いますが、
今回のミッションはそういう方面の視察ではなく、

こちらなのです。
シュノーケリングをするというのではありません。
このシュノーケルの人たち、よく見ると日本とはちょっと違いますよね。
そう、ライフベスト(救命胴衣)を着用してシュノーケリングをしています。

二ベルさんが借りてきてくれた3点セット。
日本なら、マスク(水中眼鏡)、シュノーケル、フィン(足ヒレ)ですね。
ここでは、マスク、シュノーケル、ライフベストとなるのです。
もちろん遊泳者の溺水事故防止のためです。

なかなかしっかりしたレギュレーション(規定)があり、ライフベストを着けずにシュノーケリングをやると、ライフガード(監視員)にすぐピーと笛を吹かれて注意されてしまいます。
ここの遊泳エリアは遠浅なので潜る必要はないからライフベスト着用で問題ないのです。

コタキナコさんのブログにはこの近辺で過去に発生したクラゲに刺され心肺停止になった子供への対応についての事例が載っています。
今回の私のミッションは、こういった海の安全対策を、特に応急救護の観点からチェックして報告とアドバイスをするというものなのです。
日常的にクラゲには刺されまくっている(涙)私ですから、世界一クラゲに刺された経験が豊富な救急法インストラクターかもしれません。

先ずは、ビーチの安全を担う最前線基地、ライフガードタワーに行ってみました。
今回のミッションのお話をいただいた時、勉強しなくちゃいけないなと思ったことがありました。取材となればインタビューが必要です。レスキューや医学用語の英語を覚えないと困るなと思いつつ、勉強する時間がなくてここまで来てしまいました。
でも、日本語堪能な二ベルさんが私が聞きたいようなことを全部質問してくれたので私の出る幕は無し(笑)

用意されている薬品類は一般的なもので充分揃っていると思いました。

こちらのStingose Sprayはイギリスのソーントン&ロス社の医薬品。
硫酸アルミニウムが主成分ですが・・・クラゲに充分な効果はあるのかな。

その他に、伝統的なお酢(ビネガー)も用意してありました。
とはいえ、クラゲの応急処置には諸説があって判断が難しいところです。
日本でもかつて軽度の症状の場合、カツオノエボシに刺された場合はお酢やアンモニアを使っていましたが、今では使ってはいけない部類に入っています。お酢などは刺された患部を刺激して悪化させるという考えからです。
しかし、沖縄のハブクラゲに対してはお酢が効果があるとしている文献が多く難しいところです。
現状は決定的な情報がないので、その辺の判断はその土地の考え方または、患者の希望で使う薬を選択するしかないかもしれません。
また、アナフィラキシーを起こし、心肺停止の危機が迫っていると判断できる場合はエピネフリンの自己注射キットを用意し、使えるような法的な環境整備が必要かと思います。
ただし、日本の場合はクラゲに刺されて死亡した症例はごく稀なので、薬事法を改正して医師ではない監視員が使用できるようにすることは難しいのではないかと思われます。
サバ州で一般人によるエピネフリンの投与が可能ならばライフガードは用意すべきでしょう。
あとは、AEDの設置でしょうか。
まだ、サバ州ではホテルや空港などでも目に付きませんが、これの普及も急がれると思います。AEDの設置は「安全を配慮しています」という看板代わりにもなる一種の宣伝効果があります。
欧米や日本ではほとんどの公共施設やホテル・ショッピングモールなどにAEDがあるのは常識となりましたが、これが法的に置けるようになったのはわずか9年前のことです。サバ州でもその気になればすぐ普及できると思います。
また改めて報告書を書かないといけないかなあと思いますが、とりあえずはこんなことを感じました。でも、日本の海水浴場と比べきちんとしたレギュレーションがあり、安全管理のシステムはサバ州の方がずっと進んでいると思いました。
さて、お仕事はほどほどにして、島内をお散歩。

山側に低い柵が設けられている一角があり観光客が中を見ていました。

なになに、トカゲに餌をあげないでください・・・・ですか。
トカゲねえ・・・・

ぎょえ~!コモドドラゴンか!!!
だって、2mくらいあるし。
ここはインドネシアのコモド島ではありません。いるわけありません。

これはミズオオトカゲ。飼っているわけではなく野生です。
BBQの匂いで山から下りてきてしまうので柵が設けられたのだそうです。
いかつい顔でノシノシと歩いて迫力があります。恐そうです。
が、

次の瞬間、ベタ~っとへたり込んでしまいました。
暑いのが苦手なのかもしれません。
そんなミズオオトカゲを柵越しに夢中で撮影していたら、

ギョエ~!私のすぐ後ろにでっかいのがいるじゃないですか。BBQグリルの下にも別のミズオオトカゲが歩いて、驚きました。
遠くから柵を迂回してお客さんのテーブルのところまで歩いてきちゃうんじゃあ、柵なんかしても全然ダメじゃん。
でも、この大きなトカゲは人に害を及ぼすようなことはないそうで、スタッフも全然気にしていませんでした。
こんなところが、ボルネオらしいところでしょうか。

お昼の時間になりました。
島の入場料にこのBBQのランチ代も含まれているのだそうです。

マレーシアの典型的なお昼ごはんだそうです。
中華とインドネシアとインド系が混ざったような感じ。
なかなか美味しかったです。

ランチを食べ終わり、早々に島を離れました。
MISSION 4 SURFING AT TANJUNG ARU BEACH
この後、波は無いようですが、コタキナバル市内の最もポピュラーなサーフポイントのタンジュアル・ビーチのチェックに向かいました。
トゥンク・アブドゥル・ラーマンパークの視察?を終了し、
迎えに来たS.M.I HOLIDAYのサトコさんも加わり、
午後はタンジュアル・ビーチへ。
と、その前に。

ボルネオと言えば、森の人オランウータンのイメージですね。
オランウータンのぬいぐるみですが、どうもこの顔はちょっと違うような感じがします。こちらの人のオランウータンのかわいさのイメージは、日本人が持つオランウータンのかわいさのイメージとはどうも違うようです。
女王のコタキナ子ちゃんの方が日本人の「かわいい」感覚に近いように思います。コタキナ子ちゃん顔のチャイルド・オランウータンのぬいぐるみも用意したらどうでしょうか。

このぬいぐるみが置いてあるお店の名は『カダイク』です。
サバ州政府観光局の直営の物産店ですから、ホンモノのMade in Malaysiaの物だけです。
安心ですね。せっかくのお土産にMade in ナントカが付いていたら貰った人もガッカリでしょう。しっかりMade in Malaysiaを確認しましょう。

熊山さんもミニくまちゃん用に買っていたカダサン族の網籠のミニチュアと、コタキナ子ちゃんの向こうを張ってテングザルのミニぬいぐるみを買わせていただきました。




ボルネオには様々な民族が住んでいるので、それぞれの民族の様々な工芸品が置かれていました。

私がお土産に買わせていただいたのは、サバティです。
マレーシアはイギリスの植民地でしたから、紅茶の生産の伝統があります。
マレー半島でもマレー産の紅茶がありますが、サバの紅茶は典型的な紅茶と言うよりも、少し緑茶っぽさが残る味わいです。以前、お土産で頂いたサバティを飲んだのですが、味わいが深くて今はセイロンティよりもお気に入りになっています。

お店を出て、タンジュアル・ビーチへ。
タンジュアルビーチはコタキナバル市街地の外れ、空港の隣というたいへん便利な立地です。
また、サーフィンができるビーチとして世界の波情報を伝えるMSWのサイトにも表示されているビーチです。この日の波はほぼフラットという情報だったので、サーフボードは持ってきませんでしたが、一応ポイントのチェックをしました。
実はサトコさんはコタキナバルで唯一の日本人ボディボーダー。
現在コタキナバルのローカルサーファーは30人ほどいるのだそうです。
波は滅多に立ちませんが、それでも徐々にサーファーが増えているのだそうです。

波が無いことが確認できたので、今日のホテルのチェックインすることになりました。
コタキナバル有数というよりも、世界的にも有名な5星ホテルの
シャングリラ・タンジュアル・ビーチリゾートです。
私の妻は25年くらい前に一人でこのホテルに泊まったことがあるそうです。
私がこのホテルを知ったのは、小説家の故 景山民夫氏が当時このホテルを一押しの隠れ家リゾートとしてブルータス誌で紹介していたのがきっかけでした。
読んではいませんが、氏の作品に『ボルネオホテル』というのがありましたね。

さすが、部屋も広くて清潔です。


ミネラルウォーターもペットボトルではありません。


バスルームも非常にゆったり。

ここにも総ガラス張りのシャワーブースがありました。

このホテルは夕陽の名所でもあります。ビーチサイドのサンセットバー。

皆さんよくご存知のようで、サンセットを見に来た宿泊客が集まっていました。



残念ながらこの日は雲が多く、夕陽はきれいに見えませんでした。

そして、夕方ロビーで迎えに来てくれたサトコさんたちとお出かけ。

サバ州グッズをフル装備したミニくまちゃん(何だか凄く似合ってる)たちと合流。




市内中心部にあるイタリアンレストランのLittle Italyで
明日帰国する熊山さんを囲んでの女王陛下の晩餐会でした。

これは熊山さんのキナバル山の登頂証明書。
ヴィア・フェラータは標高が3776mの地点なんですね。
偶然ですが、富士山の標高と同じです。

さすが、人気ブロガーの熊山准さん。
おもしろくて、いい人でした。
またお会いできればと思います。
11月7日 MISSION 5 DIVING AT SHIPADAN ISLAND (day 4)
ボルネオ・ミッション4日目。
朝の5時にホテルにお迎えが来ました。

夜明けのコタキナバル空港はまだクルマが少なく静かです。

あたりが明るくなってきたら、キナバル山が見えてきました。
静岡の人が富士山を誇りに思うのと同じように、コタキナバルの人はキナバル山を誇りに思っているようです。

明るくなるにつれ、空港の出発ロビー前には次々とクルマが来るようになりました。

コタキナバルからはマレーシア航空の国内便でタワウの空港まで55分の空の旅。

イスラムの白い装束を着た50人くらいの団体と乗り合わせました。もしかすると2日前のメッカ巡礼の日ハリラヤハジから帰ってきた人たちなのかもしれません。

とりあえずシャングリラ・タンジュアル・ビーチリゾートで用意してもらった朝食で腹ごしらえ。
さすがにリッチですね。

タワウという小さな街に向かう便なのでもっと小さな飛行機かと思っていましたが、
B737-800の160人乗りクラスで満席でした。

飛び立ってすぐにキナバル山頂上付近を通過。
不思議な形の岩盤の頂上で、いずれ登ってみたいと思います。

タワウの空港に到着しました。
外は迎えの人で溢れていました。巡礼の人たちの出迎えでしょうか。
お祭のような人。

今回利用するボルネオダイバーズのバスが迎えにきていました。
ボルネオダイバーズはコタキナバルに本社を持つ最も歴史あるダイビング・サービスで、古くからシパダン島のダイビングの開発に中心的な役割を担ってきた会社です。

バスはしっかり舗装整備された幹線道路を港のあるセンポルナの町へ向けひた走りました。
車窓から見える景色は、一面のアブラヤシのプランテーション。
これが1時間以上の移動中、ほとんど同じ風景でした。行けども行けどもアブラヤシ。
いかに広大なジャングルの木が伐採され、アブラヤシに変わったのか思い知らされました。

センポルナの桟橋に到着し、ボートに乗り換えます。
荷物の積み替え等は全てボルネオダイバーズのスタッフがやってくれます。
普段の国内のダイビングでは重い機材はもちろん、タンクを運ぶことさえ自分たちでやることが多いので、荷物を運んでもらえることだけで感謝してしまいます。

桟橋には屋根がついていて、アーケードのよう。
入ってすぐの広場には伝統的なバジャウの船が展示されていました。
この形の置物がサバ政府観光局の直営店『カダイク』にありましたね。

壁には付近のダイビング・スポットのマップがありました。
名前が付いているスポットだけで1001もあるんですね。
毎日2ダイブづつ潜っても3年かかる計算です。潜りきれませんね。

桟橋の両側には各ダイビングサービスなどのオフィスが並んでいました。
桟橋の先端まではかなりの距離。

オフィスの裏手にはバジャウの水上集落が広がっていました。
バジャウは大昔からフィリピン南部からサバ州にかけてのスールー海を漂泊してきた民族です。
マレーシア政府の政策で陸上に住むバジャウも増えましたが、海岸の水上集落は広大な広さに渡っていて集落というよりも町や市に匹敵する広がりを見せています。
バジャウは古来よりフィリピン諸島とボルネオを往来してきたので、国境の感覚が希薄なのでしょう。
最近はフィリピンから政治経済が安定したマレーシアへの不法移民がとても増えているのだそうです。
でも、これでは取り締まりは難しいですね。

桟橋の先端から、ボルネオダイバーズのボートでボルネオダイバーズ・マブールリゾートへ向かいました。

対岸の島にも水上集落が広がっています。

ボートはしだいに外洋に出ていきますが、セレベス海はほとんど波らしい波は立たず穏やか。

本日の乗客は中国人の2家族6名と、フランス人の一家4人。
クルーが中国人客にライフベストの着用を何度も依頼していましたが、彼らだけ着用を拒否していました。
やはり評判通りですが、日本でも天竜川の転覆事故以降ですからね、義務付けられたのは。

1時間ちょっとの船旅はほとんど揺れず、しだいに深い紺色になる海を楽しみながら進みマブール島が見えてきました。

マブールリゾートのジェティ(桟橋)の先端に到着。

ジェティ先端のダイビングジェティにはデッキチェアもあり、リゾート気分。

さっそくスタッフのリアナさんから施設の説明がありました。
ここは先ほどの反対側にあるダイビングボートの乗り場。
機材の洗い場やシャワー、機材ロッカーやウェットスーツ干場、カメラ置き場などがまとまっています。
そのため滞在中、重い機材を部屋まで持っていく必要は無いのです。

ここはレンタル機材のカウンター。レンタルも安いので何も持たずにこの島へ来る人たちも多いです。

ダイビングジェティから島へ向かう浅い海も御覧の通りの美しさ。

島の中は適度に木々が植えてあり、日陰が作られています。

リゾートの一番奥にあるレストラン棟に先ずは集合して、

こちらがレストラン内部。3食+おやつやソフトドリンクはいつでも飲み放題食べ放題。

その奥にある広い部屋で施設の利用法やシステムなどを説明するオリエンテーション。
最後に書類が渡されて、安全に関する誓約書にサインをしました。

泊まる部屋は敷地内に2部屋が1棟になっているシャレー。
室内はこんな感じで清潔です。
シーリングファンとエアコンもあり、お湯のシャワーも出ます。
サーフィンで海外に行くとエアコンなしお湯なしの宿に泊まることはあたりまえですから(>_<)、比較にななりませんけど。

レストランでお昼ご飯を食べた後、1時からオリエンテーション・ダイブでした。
つまり、お客がどの程度のダイビングスキルかチェックして調整するためのダイビング。
その時は、カメラの持ち込みはできないので、この写真は実は翌日のモノ。
でも、海底の写真がないと寂しいのでちょっと出しておきましょう。


魚の写真はタイミングが難しいですね。接近しないと青色の強い写真になってしまうし、近づくとあっという間に向きを変えてしまうし。

止まっているモノならなんとかなりますが(^_^;)
そんなこんなで午後はダイビングジェティから飛び込んでの2ダイブ。
もう雨期なので透明度がちょっと低くて残念でしたが、なんとかウォーミングアップできました。
さて、シパダン島のダイビングには制限があります。
以前シパダン島には数件のダイビングサービスと宿泊施設がありました。
世界的にも有名になったためダイバーの増加とそれに伴い環境が悪化する事態になりました。
そこで、シパダン島の全てのリゾートが撤去され、近隣のマブール島などに分散され、シパダン島は国が管理する公園に指定されたのです。
そして、1日にここへ潜ることができるダイバーを120名までに限定することとなったのです。
今、日本では富士山の混雑と環境の問題から入山制限の問題が提起されています。
世界遺産登録の付帯条件に入山制限を実施することが決められていますが、
静岡県も山梨県も地元の観光業者の圧力で入山制限の実施がしにくい状況に置かれているようです。
このままでは世界遺産登録抹消の可能性もあるだけに待ったナシだと思うのですが。
それをずっと前から行っているのがここサバ州のキナバル山でありシパダン島なのです。
日本も見習わなくてはいけない事例がサバ州にはあるのです。
さて、120人の制限に対し、対象リゾートやサービスは10件ほど。
ボルネオダイバーズは一番多い1日14人の枠を持っています。
部屋数30で60人まで泊まれるリゾートです。
私がここでダイビングできるのは1日だけです。
さて、シパダンに潜ることはできるのでしょうか。
11月8日 MISSION 5 DIVING AT SHIPADAN ISLAND (day 5)
朝8時、ボルネオダイバーズ マブールリゾートのダイビングジェティを出発。

天気は曇っていてちょっと光量不足ですが、暑すぎなくて良いかなという感じでした。
風はほぼ無風。水温は30℃以上。

シパダン島が近づいてきました。外見上は何の特徴もない島です。

シパダン島のジェティには国の公園管理事務所があり、そこで許可証の確認をします。
名前と国籍、パスポート番号も記入しないと許可が出ません。
なかなかに管理がしっかりしています。

シパダン島はボルネオ島の東海岸、コタキナバルの南東に位置します。セレベス海に浮かぶ幾つかの島のひとつです。
このあたりはイスラム教徒のフィリピン系バジャウ族が多く住む地域でマブール島にもバジャウの村があります。
シパダン島とその他の島とでは大きな違いがあります。

シパダンの公園事務所に貼ってあった看板ですが、マブール島などの他の島は比較的浅い大陸棚の上に点在する珊瑚礁の島であるのに対し、シパダン島は水深600m以上の深い海底から噴火した海底火山の上にできた島なのです。とても特異な地形を持った場所なのです。
釣りをする人ならお分かりと思いますが、こういった場所は大型の外遊性の魚が集まるポイントなのです。

早速潜ることに。今回は午前中2ダイブ、午後1ダイブです。
本来は4ダイブが基本ですが、私は翌日の午後2時には飛行機に乗ってコタキナバルに戻らなくてはならないからです。
飛行機に乗ると気圧が下がるので、潜水の高圧下で発生し、体内の血液に残留した窒素が沸騰する、いわゆる潜水病の危険が発生するのです。そのため、飛行機に乗る24時間前までにダイビングは終了しなくてはなりません。

潜行途中で1枚。


最初は浅い場所から深場へ。

ヤバい系もいれば

癒し系も

旨い系もいます

ダイブマスターのリアナがマンツウマンでガイドしてくれました。
珍しい魚を探してこんな風に撮り方まで教えてくれます。

なるほど、色まで保護色にしてじっとしている魚は見つけられないです。
ギリギリまで接近して、撮影。よしよし。

あ、行っちゃった(T_T)/~~~

シック系もいれば、


ニモのような派手系もいます。

群れ

群れ

群れ

あれ。

かめ。

カニ

おや、


何かでっかい黒い影

うひゃああ。

出ました!名物ジャックフィッシュのスクール。
30cm以上あるギンガメアジの大群です。
うわあ、1匹でいいから釣りてえ。
この大群の下にはバカでかいジャイアント・トレバリーが張り付いていたのも確認できました。

地雷のように海底にゴロゴロ転がってる、サメ

カメ

オレ
そしてクライマックスは

バラクーダポイントの名の通りの

バラクーダのスクールでした。

やあ、素晴らしい海でした。
まさしくクストーの海底世界をライブで体感しました。
もう1ダイブできればもう一つの名物カンムリブダイの行列も見れたのですがまあ、充分大満足でした。
11月9日 MISSION 5 DIVING AT SHIPADAN ISLAND (day 6)
ダイビングを終え、シパダン3日目はコタキナバルに戻る日。
久々に朝からのんびり。

リゾート内をちょっとだけお散歩。




シャレーのテラスで防水カメラのチェックなど帰る支度を徐々に始めました。

ゆっくりと朝食を食べました。
どこの国でもネコと人の風景は同じですね。
滞在中のお客さんは中国人とフランス人が多かったですね。
特に中国人は急激に増加しているようです。
本格的なダイバーではなく、家族連れでリゾートに遊びに来ている感覚でしょうか。
それに対し、日本人は激減しているようです。
このリゾートでは初日の夜2人連れの日本人女性に出会っただけ。
彼女たちも滞在中に出会った日本人は私だけだそうです。
また、驚いたことにこのお二人は同じ静岡からで、しかも私も知っているダイビングショップのMIUさんの常連さんでした。世界は広いようで狭い。
シパダンでも日本人ダイバー比率は10%以下でしたね。
かつては日本人ダイバーだらけで敬遠されたこともあったようですが、今は落ち着いた状況になってきているようです。お話した横浜からの年配のダイバー夫婦は、何度もシパダンに通うほどこのエリアの魅力にハマっているそうです。そんな魅力あふれるボルネオです。

食後は、干してあったウェットスーツなどの機材をダイビングジェティに取りに行きました。

リゾート内にはガゼボでエステが受けられたり、

プールで過ごすこともできます。

最後にお昼ご飯を食べてボートに乗り込みました。
ネコに見上げられると、弱いですね。こっそり鶏肉あげちゃいました。

タワウの空港で、急病人を飛行機に乗せるために30分ほどの遅延がでましたが、無事飛び立つことができました。救急車のマークは赤十字社ならぬ赤新月社のもの。イスラム国ではキリスト教の十字マークは使えませんから月のマークになります。

帰りの飛行機はイタリア・フランスの合弁で開発されたATR 72-500。70人乗りクラスの小型機で、満席。
お隣の席のテ二アンからビジネスで来たという白人から、このサバ州産のチョコレートが美味しいよと奨められました。日本のODAにも詳しい方で、タワウのエビの養殖事業や自然保護プログラムの話をしてくれました。
一人旅ですと、リゾートなどでは浮いてしまう存在になってしまいますが、こうした交通機関で乗り合わせた人と話が弾むケースがあるので良い経験ができますね。

空港ではS.M.I HOLIDAYの二ベルさんが迎えに来てくれていました。
泊まる予定のホテルがオーバーブッキングだったようで、3つ星ホテルから5つ星のメリディアンに変更になりました。ラッキー!
5つ星のメリディアンですよ、ヴェリディアン3号星ではありませんよ。・・・・って一部のトレッキーな方しかわからないお話ですみません。

広々でシックなデザイン。いいですね。
特に気に入ったのが

デスクがあるんです。自分のベッドルームもこんなふうにしたいなあ。

ここにも全面ガラス張りのシャワーブースが。

お風呂も広々リッチです。
実は、今回の旅ではお風呂にゆっくり浸かる時間がなくて、シャワーだけだったんですよ(T_T)
やっぱりせっかくのチャンスなので、出来るだけ多くのモノを見て経験しておかなくてはと思いました。

市街地の中心に立つメリディアンホテルの前には屋台村とマーケットがあります。

その先の岩壁ではバジャウの漁船が市場に魚介類を運びこんでいました。

この日はサタデイナイト。街は賑わいだしていました。

ホテルの窓からは見事なサンセット。
夕飯の時間までの間、街を探索してみることにしてみました。

ボルネオというとジャングルのイメージで未開の部族の部落か、アジア的な埃っぽくて生臭い町をイメージしてしまいがちですが、とても近代的で整然としています。

スタバも普通にあるし、

なんとクイックシルバーも

ロキシーも!
ただし、サイフボードやサーフ用品は置いていません。サーフィン人口30人ですから。
こちらの人もリゾートウエアメーカーだと思っているようです。

お洒落な本屋さんもあるし、

日本でポピュラーなブランドのお店なら、たいていはこの街にもあるという感じです。

歩き回っていたら、中心街の真ん中にあるショッピングモールの『センターポイント』に入っていました。

マックもケンタもありますし。

ワタクシ愛用の旅用ミニパソコンのASUSもありました。

iPhone5cはこっちでも0円キャンペーン。

これ本物か?麦藁のルフィーも人気者なんでしょうか。
その後は、あの夜店のマーケットに行ってみました。

野菜・果物なんでもドカンと揃っていて、めちゃ安いのだそうです。

マグロのぶつ切りドーン。

凄い活気です。

アジアンパワー感じます。
そして夕ご飯。

女王は出張中でコタキナバルにはいないため、
S.M.I HOLIDAYの二ベルさんとサトコさんがこちらへ連れて行ってくれました。

まさしく行列のできる超人気店。

せわしないと言えばせわしないのですが、

これぞアジアの夜を満喫ですね。

マレーシアの鍋料理『肉骨茶』(バクテー)です。
普通は土鍋で煮込むのが主流ですが、
このような形も人気だとか。
豚の内臓系がメインですが、それ以外もオーダーできます。
こういう慣れないものには苦手意識があったのですが、
美味しく頂けました。
さて、明日はいよいよボルネオ島の一番北にあるクダットへ出かけてサーフィンの予定です。
そのための食料を買うためスーパーマーケットに寄りました。



野菜、くだもの、お菓子類、日用品など商品も種類も豊富でした。


ボルネオ島の古来よりの特産品、胡椒も豊富な種類と量が揃っていました。
さて、明日は最終ミッション。私の一番のお目当てのサーフィンです。
旅行前、インターネットでボルネオでのサーフィンの記録を探したのですが、日本人が書いた記録でまともにサーフィンの写真が載っているような物は見つけることができませんでした。
ひょっとしたら、本邦初公開のボルネオのサーフィンをご紹介できるかもしれません。
11月10日 MISSION 6 SURFING AT KUDAT (day 7)
いよいよファイナル・ミッション
朝は3時半起きでした。

4時、Wendy Tours(S.M.I HOLIDAY)のサトコさんと彼氏のBarryさんが迎えに来てくれました。
今日はいよいよボルネオでサーフィンです。
途中、未舗装路があるとのことで、会社のハイエースではなく、サトコさんの4WDで来てくれました。
屋根にボードを積んで出発

前日に超大型台風の台風30号がフィリピン・レイテ島を襲い大変な被害をもたらした模様でした。
フィリピンと隣接しているサバ州ですから波が大きすぎてしまうのではないかと危惧しておりました。
でも、台風は北の方へ去って行ったようです。

朝、まずチェックしたのが、
世界の波予報を伝えるMSWのポイント予想。
波のサイズもほどほど、風もほぼ無風の絶好のコンディションの予想でした。
出来過ぎです。
しかし、初めての場所。他にはほとんど情報らしい情報がありません。
でも、今回の強みは、ガイドしてくれるサトコさんが唯一の日本人ボーダーなら、
Barryさんはローカルサーファーです。
かつてはボルネオダイバーズに務めていた事もあるダイビング・インストラクターですからこれ以上の案内役はいません。

コタキナバルの市内を抜け、時速80キロくらいで夜の幹線道路を突っ走って行きました。
ただし、アジアの他の諸国よりクルマも多くはなく、マナーも悪くはありません。
道路も広く舗装整備されています。

1時間半ほど走って夜が明け始めました。
あたりはすっかり農村風景。
犬や牛や鶏などの家畜が放し飼いにされていて道路に寝そべっていたりして、注意しないとぶつかってしまいます。
実際、何十という轢かれた犬や鶏の死骸が道路上に点々としていました。
水牛にぶつかったりするとクルマは大破、牛の弁償金も払わなくてはならないそうです。
そんなことがあると、すぐに近所の人が集まって解体ショーが始まってしまうそうです。

途中の小さな町でトイレ休憩。

目的地のクダットは島としては世界第3位の広さを持つボルネオ島の一番北の先端です。
コタキナバルからはクルマで3時間半かかるので、サーファーは非常に少ないという場所。
時間的には静岡から伊豆下田に行くのと同じくらいです。
プチ・トリップ感覚でしょうか。

途中、一部に未舗装路がありましたが、豊浜の方がガタガタですねえ(笑)
ボルネオで四輪駆動車というと、キャメル・トロフィーみたいな道をイメージしてしまいますが、道路は整備されています。
そして、

目的地のクダットのビーチに到着しました。
とても静かで穏やかなビーチ。
早速、砂浜から沖を見ると。




予想したほどのサイズはありませんでしたが、
ビューティフルでワンダフルな波でした。
ローカルの若い子たちが3名入っているだけ。





仲良し3人組でローテーションするような形で波をシェアしていました。

ビーチにはこんな小屋があり、

ローカルの子供たちが遊んでいました。
今日は、日曜日です。
もっと多くのサーファーで賑わっているのかと思っていました。
こんなに美しく手頃なサイズの波がある日曜日でこの状態です。まさしく天国です。
私とBarryもここへ入ることにしました。
先に入っていた3人の邪魔にならないように一番良い場所は避け、
少し離れて波待ちしました。
良くない場所からでも上手く乗るというのが腕の見せ所。
初めての場所でローカルから一目置いてもらい、友達になるにはそういう姿勢が必要です。


波が滅多に立たないコタキナバルに住むBarryですが、積極的に乗っていました。

手頃なサイズ、きれいな波ですが、ミドルからインサイドの早めのブレイク。
私の好きなアウトサイドの大き目をカットバックで繋いで乗る波とはタイプがちょっと違います。
でも、きれいな波はとても気持ち良く乗れました。


こちらはローカルの兄貴分的な存在のSidi。
気さくないい奴でした。



インサイドが掘れるので、入れるかなあと覗きこんでみました。

狙ってみましたが、抜けられるような波はありませんでした。
でも、充分過ぎるくらい大満足。

一旦上がって

こちらで朝食をとることにことになりました。

ビーチのすぐそばに建つ、

Tip top restaurantです。
サトコさんがここのオーナーのHoward Stantonさんに紹介してくれました。
彼はここに移り住み、レストランとTampat A Do man(かな?)という宿を建て、
地元の食材を使い、困っている地元の人たちを助けながら経営しているのだそうです。
気さくないい人のようです。

この日は壊れたアンテナの修理で忙しいようでゆっくりはお話できませんでした。

レストランの壁には、近隣のシュノーケリングスポットやサーフポイント、ウォーキングトレイルなどが描かれた手書きの地図がありました。
このエリアはビーチブレイクだけでなく、リーフブレイクもあるとのこと。

食後に、他のポイントを見に行く事にしました。

あたりのビーチには漁師以外の人影は無く、とても静か。

砂州で地続きになった丸い島に沿ってブレイクするライトハンドのリーフブレイクと
その反対側にレフトブレイクがありました。
とてもロングライドができるのだそうです。
波が小さすぎたので入るのを止めましたが、今思えば、入っとけばよかったかな。

一応観光地のTip of Borneo
ボルネオ島の先端に行ってみました。

この先端から左側は南シナ海、シンガポール・タイ・カンボジア・ベトナム・中国に繋がります。
右側はスールー海、フィリピンに隣接しています。

他のポイントは波が小さいので再び最初のポイントに戻ってきました。

極薄のボードに乗り換えたSIDI.

小さな子もがんばっていました。

Barry

Sidi

私ももう一回入って満喫することができました。
大満足。
さて、ここのポイント名は『ロングハウス』

正面にSidiのお父さんが所有するロングハウスがあるのです。
ロングハウスとはルングス族の民家のことで、普通は4~5家族がこの1件の家で共同生活するのだそうです。
でも、このロングハウスは宿として使われています。

看板を見ると、ロングハウスで雑魚寝なら1泊40リンギット(約1200円!)だそうです。
このコテージ型も借りれますよ。
ちなみにシャワーはこの青いタンクの水をお借りしました。


ここに長期滞在してこんなふうにのんびり波が来るのを待つ日々を送るなんていうのは贅沢でしょうか。

Barry、そしてサトコさん、ほんとうにありがとうございました。
かなりスペシャルなサーフィン体験。
また訪れてみたいものです。

帰り道、沿道のお店で名物の焼きトウモロコシを頂きました。
焼きトウモロコシといっても、焼き方が日本とは違いました。
皮が付いたまま焼くので、トウモロコシは蒸し焼きみたいになります。
これもまた妙案ですね。

コタキナバルの少し手前で、ガソリンを給油しました。

ペトロナスといえば自動車のF1レースのメルセデスAMGペトロナスチームで世界的に有名です。
ペトロナスはマレーシアの国営石油会社。
クアラルンプールのペトロナスツインタワーは20世紀に建てられた高層建築では一番の高さ452mの88階建て。ツインタワーとしては現在も世界一です。ちなみに日本で一番高いビルは昨年完成したあべのハルカスの300m60階です。2位は横浜ランドマークタワー。
マレーシアは強力な経済基盤を持つ伸びしろがある国なのですね。

コタキナバルの最後の夕陽。

夕飯は女王の飛行機が飛べなくなったとの知らせで、
最後にお会いすることができませんでしたが、
サトコさんとBarryと3人でスチームボードという鍋料理を頂きました。

これも美味しかったです。
日本人はマレーシアについてあまりに知らないことが多いなと実感されます。
サバ州だけでも富士山より高くて整備された世界遺産キナバル山があり、
シパダンのような世界的なダイビングスポットがあるセレベス海の島々、
その他、今回は訪れることができませんでしたが、
キナバタンガン川のサンクチャリ、セピロックのオランウータン、ダナンバレー自然保護区他あちこちに野生動物の宝庫があります。
ハワイより近い6時間弱の飛行機、しかも時差は1時間で時差ボケなし。
良い事ずくめなのです。
ただし、あまり知られていないボルネオ。
今回のブログで少しでも知る人が増えてくれれば良いなと思います。
まだ書き足りない事を後から追加するかもしれませんが、
とりあえず、これでボルネオ・ミッションは完了です。
皆様、長い文章を読んでいただきありがとうございました。
Posted by エディ立川 at 23:12
│2013年11月 ボルネオ・ミッション