2015年12月27日
光り輝く島(スリランカ)2015
1日目 3月12日
今年も冬の寒さを避ける3月の海外トリップに出掛けました。
今回のトリップのメンバーは、
SPL(サーフ パンデミック ラボ)のイワモト所長、ジミーN澤、そして私ドクトル エディ タチカワのダメダメトリオ。
我々SPLは、人類を存亡の危機に陥し入れる、エボラ熱、デング熱に匹敵するサーフ熱ウイルスを培養し、世界に拡散し感染者を爆発的に増加させることを目的とした悪の秘密結社なのだ。
今回は記念すべきSPLの第一回海外トリップとして、サーフ熱ウイルスの培養に最適な、暖かまったりお手頃波が、毎日毎日打ち寄せるスリランカの某ビーチを目指しました。
ただ、このビーチへ滞在するツアーを企画しているサーフツアーの会社が見つかりませんでした。
そんな折、バンダアチェのブログの件でメールのやり取りをしていたサーフトリップの老舗中の老舗OMツアーの佐藤さんに話してみたら、特別なツアーを組んでくださいました。
宿泊ホテルまで指名した我儘な要望を聞いてくれた佐藤さん川本さんにSPECIAL THANKSです。

私は2012年。2013年についで3回目のスリランカ。
いつも独りなので新幹線でしたが、今回は所長と取締役が迎えに来てくれました。
静岡を5時30分に出発。

朝のラッシュ時の首都高ですが、用賀で混んだものの中央環状線開通のおかげか、谷町JCTもすんなり通過。

レインボーブリッジもあっさり越えて、

予定通りに進み、成田の手前のパーキングエリアで時間調整。

今回利用するパーキングは空港の出発ロビー前までクルマを取に来てくれる業者。

順調に進んでいますが、荷物がどっさりはサーフトリップの宿命ですね。

スリランカ航空のカウンターはお客も少なくまったりムード。
バリ行のガルーダやハワイ行のデルタと比べて緩い雰囲気でいいです。

スリランカ航空の成田⇔コロンボ直行のUL455便は去年の夏からAIRBUS A320-300の新機材が導入されました。

エンジン音が静かで気が付かないうちに空の上でした。凄い進歩ですね。

スリランカまではジェット気流に逆らって9時間55分のフライト。
でも、お客さんは4割程度しか乗っていないので、アテンダントにお願いして一人2席確保させてもらいました。新型機材はシートピッチも若干広がっているようで、ハワイ便のデルタのジャンボ機と比べ圧倒的に快適に過ごせました。

10時間近い太陽を追いかけるフライト。日本時間の深夜をまわる頃、ようやく到着しました。

コロンボ市街の夜景。電子機器の使用規定が変わって、禁止されていた着陸態勢時のデジカメの使用が緩和され、地上を撮ることができるようになりました。

到着です。

空港でOMツアーが手配してくれていたガイドのハイエースにボードを積み込み、
最近急速に建設が進んでいる高速道路を飛ばして目的地のビーチへ向かいましたが、
やっぱりビールが無いと生きていけないダメダメおやじ3人組は、ガイドのJayaさんにお願いして

コロンボ郊外のロードサイドのバーに突入。
今朝起きてから24時間以上の移動の途中ですが、

すっかりいい気分で満たされていたのでした。
2日目 3月13日
朝になりました。
寝たのが1時半(現地時間)過ぎだったのに夜明け前に目が覚めました。

これが今回我々が寝泊まりするパラダイスビーチクラブ ミリッサの2階建てのファミリー・カバナス。
今回目指したビーチはメジャーなヒッカドゥワではなく、約1時間20分ほど南に下った南部のミリッサなのです。
ヒッカドゥワよりも閑静な田舎。
ここも1970年代にヒッピーが集まるビーチとして広まり、現在は閑静なビーチリゾートとなっています。
私としては賑やかすぎるヒッカドゥワはもういいかなという感じなのです。
そして何よりも魅力なのはミリッサのまったりとしたライトブレイクとロケーションでしょう。

バンダアチェのワイルドな無人島のポイントブレイクとそっくりのロケーション。
しかもビーチは砂浜で、モデルさんみたいなスタイル抜群のヨーロッパの美女たちがいっぱいなのです。
まさに、パラダイスビーチそのもの。
ホテルはポイントから200mほどのオン・ザ・ビーチ。
部屋からポイントが見える立地条件も最高です。

さっそくボードケースからサーフボードを取り出しました。
所長は海外トリップには無くてはならないジェリー。ロペス
ジミーはDoc.Bushwacker
私はタカヤマ。スコーピオン。
そうなんです、いつもは小波用のセカンドボードのスコーピオンですが、今回はまったり波なのでメインになっています。

ポイントにはほとんど人がいないので、ゆっくり支度をして、

3人バラバラ気ままにエントリーしました。
海に突き出た岩場の向こう側のコンパクトな湾に沿ってブレイクするライトブレイクを目指しました。

満潮いっぱいだからでしょうか、ダラダラブレイクですが、波の周期が14秒台という台風波以上の周期のため水量とパワーがあります。
初日ということでサーフ中心になって写真はほとんど撮りませんでしたが、

ジミーのライディングは撮れました。
体が慣れてないトリップ初日には丁度良い波のサイズ・質・波数、そして曇っていて暑すぎないというぴったりの条件でした。
最初2人いたヨーロッパ人が上がったら、我々3人だけの貸切になりました。
ただ、波数が減ってしまったので朝ごはんを食べるために上がりました。
上がるときに・・・・やってしまいました。

足にウニを刺したジミーの手当てをする所長。
インサイドは一面にウニだらけ。
私も地雷原を腹這いになってボードに乗ったまま通過しようと思ったら、フィンが岩に当たりバランスを崩して手をついて、中指に1本刺さってしまいました。
まあ、あらかじめ知っていた地雷原だったので、さほど酷いことにはならなくて良かったです。

着替えてから、ホテルの庭を横切り、

旧ホテル棟前のプールサイドを通り

新しいレストラン棟へ。
Trip Adviserの投稿写真では椰子の葉で葺いた大きなあずま屋が写っていたのですが、建て替えられたようです。

このホテルは朝夕の食事(ブッフェ)付。楽チンです。
ヨーロッパ系のお客さんばかりで、日本人はおろかアジア系と思われるお客さんはほとんどいませんでした。

コンチネンタルの朝食ですが、

チキンカレーが半端じゃなく激辛だったそうです。
私は絶対無理ですが、

所長は汗をかきながら完食。


寒くはないですが、雨が降り出しそうな天気で、ビーチも人がまばら。

でも、ここは本当にパラダイスかもしれません。
朝食後、天気も曇りがちで雨もぱらつく天気なので、部屋の中で読書をしたり、ブログを書いたり、あるいは昼寝をしたりと3人バラバラで過ごしました。
以前の2回のトリップは1月でしたので雨はほとんど降りませんでしたが、3月という季節は季節の変わり目なのかもしれません。

ホテル前のビーチから東側を見ると長いビーチが続いています。
でも、こちらには波は立たず、海水浴の白人が曇天にも関わらずいました。
風が吹かなければ水温が高いので寒くはないですね。

こちらが西側。サーフブレイクのある方です。

15時を回ったところで、昼寝で爆睡していたジミーがムクっと起き上がりサーフすると言います。所長はもうシャワーを浴びて呑んだくれ準備体制なので、カメラを持って撮影係りに。



私も所長の後を追ってブレイク前のビーチに行くと、

所長はビーチバーの席から撮影中でした。

そう、ライオンビールを目の前に置いて。

ということで、

私も昼間っからビーチでビールとなりました。
ビールジョッキ片手にサーフィンを観るなんて最高ですね。


ジミーN澤、やる気まんまん。

サーフィンなんて観てないじゃん。
酔っ払いですから、すみません。

やる気満々。


時折、大きい波が打ち寄せると、テーブルの下まで波が押し寄せるビーチバー。
酔っぱらってますから、動こうともせず、楽しんでます。
と、その時、重大なことに気づきました。
「カ、カ、カギが無い!」
ウエイターにも
「I lost my room key.」と伝え、探すのを手伝ってもらいました。
そして、諦めかけた時でした。

ウエイターの彼が、波打ち際に流されているキーを見つけてくれました。

いやあ、最高にハッピーなスリランカの旅。
3日目 3月14日
昨夜は酔っぱらった上にホテルの美味しい夕食で、早々に熟睡。
今朝も暗いうちから所長が行く気満々。
バンダアチェでは混む前の真っ暗なうちから行動した私ですが、ここではあまり混まないのでのんびり出発。

今日のボードラインナップ。
所長はジョシュ・ホールのクアッド・エッグ。
このボードは私も気持ちよさが際立った乗り味のボードだと思っています。

今日は白人が一人入っていて私と所長でポイントには3人のみ。

事務局長がなかなか来ないと思っていたら、岸から写真を撮っていてくれたのでした。
ありがとうございます。

今回、何故にスコーピオンがメインボードなのかというと、
ここ数か月、自分のサーフィンを少し変えようと思っているからなのです。
我々世代のサーファーにとって憧れの技といえば、オフ・ザ・リップのような当て込んでいく技。どうしても当て込んでいく意識は消えないのです。
でも、今の主流はカービング。
勘違いしている人が多いのでここに書いておきますが、
カービングとは、curving(曲げる・カーブする)の意味だと思っている人が多いのですが、
サーフィンのカービング(スキーもそうらしい)はcarving(彫刻する・えぐる)の意味なのです。
タイラー・ウォーレンのDVDを買ったのも、ログの乗り方を見たかったのではなく、ショートやミッドレングスのクアドラテック・フォーミュラやエッグでカービング(えぐる)する乗り方をじっくり研究したかったからなのです。
そこで、テールを押し出しやすいラウンド・ピンテールのスコーピオンをメインに使おうと思ったのでした。

ミリッサの波はカットバックで繋ぐタイプの波なので、カービングの練習には良いのではと思っています。

やがて、ジミーも沖に出て来ました

所長も好調です。

やがて、こんな美女もやってきて、

ジミーN澤もウニ・ショックを忘れ、ハイテンション復活。
午後は昼寝&読書
所長とジミーは昼寝の後、海に。
私はブログ書き。
今日はもう入らなくてもいいかなと思っていたら、二人がいい波だったと満足顔で帰って来たので、海に入ることにしました。

今日のボードはサブに持ってきたDoc.Bushwacker。
どこかいつもと違うことに気づいていただけたでしょうか。

これが従来の姿。
このボードも2年経ち、デッキはボコボコ、フォームも黄ばんできたので、
出発前に

マスキングして自分でスプレーして色を付けたのです。
だいぶ痛んでいるので失敗しても惜しくないですから。

実は最初のオーダーシートにはこの色でブラシを入れてもらうはずでした。
ステンドグラス・カラーですから、窓枠は茶色でしょう。
ただ、ダークブラウンの予定でしたがアクリル塗料の色が無く、コーヒーブラウンになりました。
というわけで、シングルフィンでパドルアウトしました。

ビーチバーで呑みながらジミーN澤が撮影してくれました。
が、
前の波が邪魔したり、

いいサイズのセットを一人きりの完全エディ・シフトで乗って、会心のロングライドをきめたのですが、間に合わず乗り終わったところだけ撮っていたり・・・・(笑)
サーフィンの撮影は慣れないと難しいですから。
まあ、それもまた笑えるネタです。

上がってきてすぐ、ビーチバーでビールを手渡されました。
最高に気持ち良いです。
そして、夕食。

サタデーナイトですから、レストランにはマリアッチが入っての生演奏付き。

今日もてんこ盛り。
どれを食べても美味しいので最高です。

オジサン3人組にやたらと話しかけられたイケメンのウエイター君。
きっとこのオヤジたちは変態だと思ってるに違いない。
南の島で脳みそ溶け出して、こんなんですから。


さて、明日はスリランカ南部のポイントチェックに回ります。
4日目 3月15日
朝は日の出前に所長と二人沖に出て

海の上で御来光。
所長が防水カメラで撮影してくれました。




快晴の天気になりましたが、波は小さくなりアウトサイドはダラダラブレイクに。


以上、ワタクシ。
ジミーN澤が来たところで私は上がり、陸上から撮影に専念しました。

いつも私と所長と並んで大きいセットを狙うイギリス人エリック(所長が勝手につけた名前)
爺さんに見えるけど、多分同年代なんでしょうね。

所長

知らない外人

ジミー

知らない外人

パラダイス・ミリッサ

小牧から一人で来たというシンジ君



所長


シンジ君

ジミー

朝飯前のモーニング・セッションでした。
サーフを満喫し上がってきたら、
ツアーガイドのJayaさんが来ていました。
こちらのトラブルで何時にピックアップしてもらうかの連絡が取れなかったのです。
少し待ってもらい、朝食を食べてからミリッサ周辺のサーフポイントのガイドをお願いしました。

日曜日なので通学通勤のラッシュはありません。

Jayaさんはこちらの人の中では運転が慎重な方ではないでしょうか。

最初に東へ向かい、南部地域の最後の都市マータラへ。
ここはマータラ・シークレット

ここは南のうねりを正面から受ける場所のようで、ミリッサより1~2サイズ大き目の波。
きれいなライトもレフトもありました。

入口左側のレフトが人気でした。


日曜日なのでローカルの少年たちも入って行きました。ちっちゃなボードで巧みに乗って行きます。
残念ながら東風が入り込む時間帯になってしまったので入るのは止めました。

マータラの市街地を抜け
マータラのビーチブレイクは車窓から眺めただけで通過。

整然とした中心街から外れると、いい雰囲気で雑然とした町並みとなりました。

ここも完全なビーチブレイクのようで、サーフィンスクールもあるメッダ・・・何とかというビーチ。
レギュラーもグーフィーもあり日本人には手ごろな波かもしれません。

どこも人が少なく、ビーチではこんな光景が。
もう一か所レオ・・・何とかというポイントも教えてもらい、マータラに引き返しました。

ここはバス・ステーション(ターミナル)。
この街もインド洋大津波で甚大な被害を出した街で、比較的新しい建物が目立ちます。


街はカーニバルがあるようで、たいへん賑わっていました。

西に戻る途中、飲み物を買うためにクルマを止めてもらい

うはあ、ジミー、砂糖と添加物のカタマリ飲んじゃうの?(笑)

ミリッサを通過し、今度はミリッサよりも西のメジャーなポイント巡りとなりました。
ここはホテルも多いウェリガマ。


初心者向きのビーチブレイクです。
東からサイドの強い風が入る条件下でしたが、意外とできていました。
ここは過去2回のトリップの時もチェックしましたが、ダンパーの時が多いです。

ウェリガマ・ベイの西端タプロバンの島の先にはたくさんの漁船が係留されています。

そしてその西の岬を回ると日本人サーファーには最も人気のあるプランテーションのポイント。

先ず、ブレイクポイントが他よりも近く、それほどのサイズには上がらない形の良いブレイクです。
一昨年に訪れた時はハラ~ムネで形良かったのですが、20人近くの人で混雑していて入りませんでした。

どこも風が入って良くないので、完全に観光客気分の我々。

最後に訪れたのは、私のお気に入りポイントのカバラーナ。
当初のトリップ計画は私一人でカバラーナ・ビーチホテルに滞在するというものだったのです。
ここはサイズアップした時に8フィートまでホールドし、このあたり一帯では最も大きな波に乗れるポイントと言われています。


この日もオンショアのダブルくらいのセットが入っていました。
完全に観光気分。
その後は、お土産の紅茶をちょっとだけ買い、

ゴール市街のクリケット場を見降ろす丘の上に。

ここはユネスコ世界遺産のゴール旧市街です。
オランダやイギリスがこの地を植民地化して統治するための、いわゆる要塞都市です。


彫像の衣装や顔を見るとイギリス人もいますが、インド系のグルカ兵などの傭兵が主力だったのではないでしょうか。

城壁内の街並みには高級ホテルが何件も建っています。


樹齢300年以上のバニアン・ツリー(菩提樹)があちこちに。
西洋列強による植民地支配の歴史をこの木々は見てきたのでしょう。

こちらは世界史の教科書で誰もが知っている会社の建物。
東インド会社の社屋です。今は博物館として当時の姿を残しています。

市街地は特に暑いのでアイスクリームを食べようということになり、ゴールのビーチブレイクの正面にある人気のこのお店へ。

残念ながらアイスが無かったのですが、パンがものすごく安くて美味しかったです。
日曜日なので地元の初心者がレンタルボードでサーフィンしていました。

コガッラ湖近くのハーブガーデンにも案内され、観光は終了。

この人たちは観光よりもサーフバーがお好き。
5日目 3月16日
今日はのんびりdayの予定。
とはいえ朝は

夜明け前にパドルアウトして沖に一番乗り。

波のサイズは下がって、今日明日が底らしい。
もはや写真を撮る気にもならず、軽く汗を流す感じで朝のサーフィンを終了。
アウトのラインアップは今日もほぼ私と所長。少しの間だけ英国人エリック?がいただけでした。
エリックは3週間のバケーションを終わり、明日帰国するそうです。
3週間のバケーションなんて憬れますね・・・って去年のハワイは3週間だった(*^^)v
日本にいる時のように本数を乗らなくても充分に満ち足りてしまいます。

9時前に上がりレストランへ

このホテルPARADISE BEACH CLUB MIRISSAでの驚きは、食事の味のレベルの高さ。
食い物にはウルサイ所長も大満足の質の高さ。
量に関しては全てブッフェなので食べ放題。
レストランは清潔ですし、従業員のレベルも高く、
私が今まで泊まった海外のホテル(安ホテルばかりですが)の中では最高レベルの満足度ではないでしょうか。
しかも、ビックリの低価格(ホテル棟ではなくて、一番古くて安いバンガローですけど)。
今回の旅はハワイ以上にリラックスできる環境に恵まれました。

レストラン(3階)のテラスから見える景色。

午後は東風が吹きサーフはぐちゃぐちゃ。
そんな時はプールでリラックスです。
プールも改築されたばかりで清潔。よく手入れされています。
広い庭のヤシの木の木陰で読書をするのも良いです。

そんなホテルに似合わない風体の面々ですが、こちらで知り合った小牧のシンジ君を交え気怠い午後のサーフ話は尽きません。
そうそう、シンジ君がこのホテルに入ろうとした時、セキュリティが厳しく、入れてもらえないと電話がかかってきました。

グーフィー・フッターのシンジ君とも知り合った訳ですし、
明日はライト・ブレイクしかないミリッサを離れ、レフト・ブレイクのミディガマに行こうということになりました。


ミリッサのビーチは本当にハイレベルなオネエさんの比率が高いです。
夕方は、

またまたビーチバーに行って野菜サラダをつまみにビーチでビール。
所長とシンジ君はこちらで人気のアラビアや北アフリカの酒アラック。

オンショアなのに急に海に入ると言い出した事務局長のサーフィンを見ながら

酒盛り。
このロースト・チキンはシンジ君の分。
30歳代、事業でたいへんな苦労をしてきたイワモト所長。30歳代の頑張る若者を見ると応援したくなるのでここは所長のオゴリです。

ジミーも上がってきてビーチでビール。

そして夕食は8時ころから。つまり、朝食と夕食だけの1日2食の生活なのです。
レストランのある新館のエントランスホールはとてもゆったりとした快適な空間を象徴しています。

夕飯は定番メニューがほとんどですが、毎日テーマがあるようで、タイ料理だったり中華料理だったり。どれもまた美味しかったです。
ただし、スリランカのカレーは激辛なので所長たちは美味しそうですが、私は多分呼吸困難になるだろうと思うのでやめています。

夜も辺りのホテルよりも静かで照明も最低に落としていて、ハイレベルな大人のホテルですが、リーズナブルという他人には教えたくないようなホテルです。
6日目 3月17日
今朝はまだ真っ暗な5時半にホテル前に集合。
シンジ君が2台のトゥクトゥクと共にやってきました。

屋根にボードを積んで出発。
次第に明るくなっていく街道を突っ走り、

約20分ほどでミディガマに到着。

すぐに準備をして沖にパドルアウトしました。
最初は2人の白人と3人だけ。
3本乗ったところで美しい日の出となりました。
この頃にはみんなもパドルアウトしてきましたが、白人も増えてきました。
総勢十数人。
コンスタントにブレイクする左奥はリーフが浅く、テイクオフで急に掘れて来る波質。


でも時々、奥に居たらまともに喰らってしまうワイド気味に入ってくるセットの波が来ることが分かったので、奥の激戦区から離脱し、エディ・シフトの逆バージョン狙いに作戦変更。

セットの波は一旦ブレイクすると強烈なスープのパワー。
ハマってしまうとたいへんです。

数は少なかったですが、丁度良いワイドなセットが何本か入り、久々に大きな斜面の波に乗ることができました。
奥のテイクオフ位置がクローズしてしまう波なので競争なしでテイクオフ。みんなが必死でパドルアウトしてくるのを見下ろしながら広い斜面を下りていきます。
波は弛めのゆっくりとしたブレイクなのでレールを使ってできるだけ大きな弧を描くようにカットバックを繰り返す感じで乗り繋ぐと坂井港のアウトサイド・レフトの倍くらいの長さのロングライドができます。長く続く斜面が美しいレフトの波でした。
大満足でパドルで戻る途中、イワモト所長がセット波に乗っているのが見えました。
波の周期が16秒くらいあるので、小山のような大きな水の塊。
美しい広い斜面を滑らかに乗っている姿を見て、所長もずいぶん上達したなあと感心させられました。

ポイントブレイクに20名以上の混雑なので逆エディ・シフトでじっくり待って、大きいセットのみに狙いを絞り何本か乗ることができました。
大満足で早めに上がりました。
こういうのを『サーフィン』というのだと教えられたような気がしました。

シンジ君のナイスなショットが撮れました。
いい波でした。
でも、恐ろしいことに、この波のラインナップにレンタルボードの白人の初心者が10人近く紛れ込んでいるのです。

日本人ではまずありえませんが、右も左も見る余裕のない直滑降の初心者がこの波に突っ込んでいくのです。
ライディングは初心者が浮かぶ位置や動きを予測しながらスラロームする必要がありました。
所長と私は早々上がりましたが、後の二人が戻ってこないので、
私は湾の右沖でトロトロとブレイクしているミディガマ・ライトも試してみることにしました。
「1本だけ乗ってすぐ帰ってきますから」と所長に伝えパドルアウト。

沖に到着するやいなや、意外とあっさりと波が来て弛い波を岸近くまでロングライド。

1本だけの予定でしたが、きれいなオネエさんが一人でいるので・・・・

結局3本乗ってしまいました(*^^)v
その後、オネエさんが上がってしまったので私も上がり。

ジミーN澤

まだまだ修行が足りんな。





・・・・・・・What's happened.

帰り道、前を行くジミー&シンジのトゥクトゥクのリアウインドウに注目

デへへ、世界に広がるSMILE FOR SURFの輪

世界的なパンデミックの陰謀、進行中です。
昼間はプールでのんびりしたり、読書をしたりで過ごし、

夕方5時をすぎるとお出かけです。

いつものサーフ・バーへ三々五々集まります。
当然一番乗りはイワモト所長ですけど。

波を眺めながら今日もライオンビールと

野菜のサラダ。
メニューには様々な野菜サラダがあり、ハズレもありましたが、大当たりの美味しいサラダもあるのです。

4人で盛り上がっているところに、このバーのオーナーの従兄弟というラシャンが加わりました。
さらに彼の弟もやってきました。

ラシャンは日本で長く働いていたことがあったということで、日本語がかなり上手いミリッサローカル。

比較的静かな白人グループばかりの中で、

酔っぱらいまくりの騒ぎまくり東洋人オヤジ軍団。
アラックの勢いもあって大盛り上がり。
現在は某情報誌出版会社の実務を統括する堅実な取締役のジミーN澤の若い頃の悪事の数々が暴露されたりと、この3人はやっぱり若い頃、社会のレールを踏み外したくて冒険を試みている同志だったことがはっきりしました。
組むべくして集まった3人なのだと実感しましたね。
それにしても、3人それぞれ、個性がバラバラ過ぎ。(笑)

そしてそして、イワモト所長の陰謀により、シンジが店の奥に連れて行かれました。
本人はかなり嫌がっていた風なんですが、

ライブバンドに飛び入り参加で、ボブ・ディランを歌うシンジ。
シンジはプロのロック・ミュージシャンなのです。

初共演のバンドマンたちとの息もぴったりで、
拍手喝采を受けていました。

演奏が終わり、テーブルに戻って来たシンジに
素晴らしかったですと、白人の女性ファンが早速やってきて記念撮影。
シンジ、やって良かったねえ。
このモテぶりに、自分たちの年齢を感じるSPL3人衆でした。
7日目 3月18日
今朝も夜明け前から沖に。
何といっても朝一は誰もいないので貸切。

昨日よりも若干サイズアップ。
今日はDoc.Bushwackerのシングルフィンで入りました。
一番アウトでデカセットだけを狙いました。

シングルフィンはボードに体重を預けるように乗ると気持ちよく走ります。
今日も3人で満喫。
リーフの大きい波にはもう少し重くて細めのシングルフィンが欲しくなりますね。
今日も人が増えてきたのを見計らって上がりました。
旅も終盤、脚の疲労が出てきて、後半はテイクオフ後のドロップで2連発のワイプアウト。
最後の波もカットバックでテールが抑えられずフィンアウト。

インサイドはアクションできる波ですが、岩が恐い。

シンジは今日ミリッサを離れ、ヒッカドゥワへ。途中のミディガマでいいサーフィンができたようです。




ジミーはリーフ波がまだ読み切れておらず、ちょっと苦戦中。
周期15秒のリーフ波なんて、経験したことが無いのが普通。
海底地形とうねりやカレントを想像して、波の挙動変化を予測できるようになればバンバン乗れるはずですが、1年目は修行と思いましょう。




サーフィンから上がると、すぐにプールでひと泳ぎ。
気持ちよさ最高です。
午後は、ミリッサ周辺の探索に出掛けます。
午後はロシャンがミリッサの漁港やシークレットビーチを案内してくれるというので行ってみました。

ホテルの少し先にある道路沿いに漁船の船体が置いてありました。
ロシャンは漁師、これは彼が造った船体なのだそう。
ここはロシャンの土地で、日本人の友人と共同で日本食レストランを建てる計画があるのだそうです。料理が美味しいミリッサで本格的な日本食が食べられるとなると、魅力倍増ですね。

ロシャンの仲間のトゥクトゥクで港に行ってみました。

伝統的な漁船がたくさん停泊していました。

その一方で、このハーバーはホエールウォッチングの基地でもあるのです。

丁度、ロシャンの従兄弟のホエールウオッチングクルーズ船帰港するところでした。
しかし、ロシャンの従兄弟って何人いるんだってことで聞いてみたら、
お母さんの兄弟だけで7人いるから両方合わせると大勢の従兄弟がいることが想像できます。
日本とは正反対の大家族の絆が残る文化なんですね。

岬に立つ高級ホテルにも行ってみました。

絶景です。
所長もジミーも息子さんの結婚式はここでやりましょう(笑)

そして、道なき道をシークレットビーチへ向かいました。

トゥクトゥクでも入れない道となり、

民家の洗濯物の下を潜って、坂を下り、

突如現れた美しいビーチ。

誇らしげにスリランカ国旗を握るロシャン。

スリランカのマジョリティであるシンハラ人のシンボルのライオンです。
誇り高き民族の象徴。

記念撮影


ビーチの木陰には

サーフバーがあって昼間からビーチでライオンビールです。
しかし、こんな辺鄙な場所で商売になるのか(笑)

しかし、リゾートの喧騒を好まないナチュラル派が山を越えて歩いて来るようです。

帰りの途中で、ロシャンが自宅へ案内してくれました。
広い敷地を持つ立派な家
ロシャンは資産家だったのか?(笑)

中も広々、テレビではこの国の一番人気のスポーツ、クリケットの中継番組。
この家も10年前のインド洋大津波に襲われ何とか残ることができたようです。
あの時は辺り一帯、みんな流されてしまったのだそうです。
しかし、大津波で東日本大震災以上の死者を出したスリランカですが、人々が震災のことを笑顔で話せるほど復興が進んでいるというか、震災の痕跡がほとんど残っていないように感じます。

夜は、いつものサーフバーへ。
なんだかいつもと違うなと思ったら、誕生日パーティがあるとのこと

1歳の誕生日を迎えた女の子を抱くのはサーフバーのオーナー。

花火をやったりでパーティは盛り上がりました。

バースデーケーキのお相伴をいただきました。

ロシャンのお母さんと弟も参加していたのでご挨拶しました。
今宵もスペシャルな夜でした。
スリランカ最高!

酔っぱらって隣席の女の子3人組に切り込んでいったジミー
ジミー「Are you from England?」
女の子「No!France」
その隣の席の女の子にも
ジミー「Are you from Canada?」
女の子「No! Germany」
所長と私の暴走を停めてくれる堅実な実務派として参加してもらったつもりが、
先頭を切って暴走しています。
誰か、止めて。
8日目 3月19日
スリランカ滞在も残り2日

今日も夜明けのサーフィン
今日は先客がいました。
スウェーデン人のエンジニア。今日がミリッサ初めてだそうです。





今日はサイズアップしました。
いつものテイクオフの場所は掘れ掘れで刺さりまくりなので少し位置をずらして波待ち。





所長&ジミーのシェアライド、うまく撮れました。
今日は数本乗っただけで大満足、お腹いっぱいです。
毎日それほどの本数は乗っていませんが、
乗っている距離を合算すると普段の日本でのサーフィンの30本分くらいは楽に乗っていると思います。

サーフ後のプールが気持ち良いです。
朝食を食べに行こうとしたら、

庭に人が集まって上を見上げています。

椰子の木の剪定業者が入っていました。
器用に椰子の木を登っていきます。
椰子の実が落ちるたびにドスンと音がします。

当ったらイチコロですね。

午後になって、ジミーがやる気満々で海に出て行きました。

ローカルのジャマイカ君の動きは軽快そのもの。

彼もいつもサーフバーにいます。


ジミーもリーフ波が分かってきたようで、快調に乗ってます。

おお!



今日のサーフバーではミリッサスタイルサラダを注文しました。
明日はこの旅最後のサーフィンです。
最終日も同じように朝のサーフィン、昼寝、読書、etc.
陽が傾くとひとりまたひとりとビーチバーに移動し、ビールでぼーっと。
幸せな日々が送れるミリッサのトリップ。
最高でした。トリップとしては刺激が少ないかもしれません。
でも、トリップにも2種類あっていいと思います。
一つ目は好奇心と冒険のためのトリップ。
そしてもう一つは心の癒しのためのトリップ。
ミリッサは後者のトリップには最高のデスティネーションでしょう。
スリランカは1983年から、ごく最近の2009年まで内戦状態でした。
資料を調べると、2008年~09年にかけての最後の戦闘では死者2万人と言われるかなりひどいことが起きたのですがほとんど報道されなかったと思います。政治的なことは書かないブログなのでこれ以上は書きません。知りたい方は自ら調べてくださいね。
しかし、戦争終結で一挙に平和が訪れたスリランカ。
少なくともこの南西部では人々は活気に満ちています。
ようやく最近になって真の意味での光り輝く島になったと言えるのかもしれません。
海外へトリップし、日本では見られないもの、体験できないさまざまなものを,、皆さんにもその目で見てほしいと思います。肌で感じて、そのうえで「良い」「悪い」を判断できる目を養って自分の考えを持ってほしいと思います。旅で出会う人・物・事象、それぞれがあなたにとってかけがいのない経験として残ります。
私にとって旅は、遊びではなく、勉強です。それは遊び以上に楽しい遊びなのですが。
そのためにも訪れる国の歴史・政治・経済・人々のくらし、宗教などは勉強してから行って欲しいと思います。
今年も冬の寒さを避ける3月の海外トリップに出掛けました。
今回のトリップのメンバーは、
SPL(サーフ パンデミック ラボ)のイワモト所長、ジミーN澤、そして私ドクトル エディ タチカワのダメダメトリオ。
我々SPLは、人類を存亡の危機に陥し入れる、エボラ熱、デング熱に匹敵するサーフ熱ウイルスを培養し、世界に拡散し感染者を爆発的に増加させることを目的とした悪の秘密結社なのだ。
今回は記念すべきSPLの第一回海外トリップとして、サーフ熱ウイルスの培養に最適な、暖かまったりお手頃波が、毎日毎日打ち寄せるスリランカの某ビーチを目指しました。
ただ、このビーチへ滞在するツアーを企画しているサーフツアーの会社が見つかりませんでした。
そんな折、バンダアチェのブログの件でメールのやり取りをしていたサーフトリップの老舗中の老舗OMツアーの佐藤さんに話してみたら、特別なツアーを組んでくださいました。
宿泊ホテルまで指名した我儘な要望を聞いてくれた佐藤さん川本さんにSPECIAL THANKSです。

私は2012年。2013年についで3回目のスリランカ。
いつも独りなので新幹線でしたが、今回は所長と取締役が迎えに来てくれました。
静岡を5時30分に出発。

朝のラッシュ時の首都高ですが、用賀で混んだものの中央環状線開通のおかげか、谷町JCTもすんなり通過。

レインボーブリッジもあっさり越えて、

予定通りに進み、成田の手前のパーキングエリアで時間調整。

今回利用するパーキングは空港の出発ロビー前までクルマを取に来てくれる業者。

順調に進んでいますが、荷物がどっさりはサーフトリップの宿命ですね。

スリランカ航空のカウンターはお客も少なくまったりムード。
バリ行のガルーダやハワイ行のデルタと比べて緩い雰囲気でいいです。

スリランカ航空の成田⇔コロンボ直行のUL455便は去年の夏からAIRBUS A320-300の新機材が導入されました。

エンジン音が静かで気が付かないうちに空の上でした。凄い進歩ですね。

スリランカまではジェット気流に逆らって9時間55分のフライト。
でも、お客さんは4割程度しか乗っていないので、アテンダントにお願いして一人2席確保させてもらいました。新型機材はシートピッチも若干広がっているようで、ハワイ便のデルタのジャンボ機と比べ圧倒的に快適に過ごせました。

10時間近い太陽を追いかけるフライト。日本時間の深夜をまわる頃、ようやく到着しました。

コロンボ市街の夜景。電子機器の使用規定が変わって、禁止されていた着陸態勢時のデジカメの使用が緩和され、地上を撮ることができるようになりました。

到着です。

空港でOMツアーが手配してくれていたガイドのハイエースにボードを積み込み、
最近急速に建設が進んでいる高速道路を飛ばして目的地のビーチへ向かいましたが、
やっぱりビールが無いと生きていけないダメダメおやじ3人組は、ガイドのJayaさんにお願いして

コロンボ郊外のロードサイドのバーに突入。
今朝起きてから24時間以上の移動の途中ですが、

すっかりいい気分で満たされていたのでした。
2日目 3月13日
朝になりました。
寝たのが1時半(現地時間)過ぎだったのに夜明け前に目が覚めました。

これが今回我々が寝泊まりするパラダイスビーチクラブ ミリッサの2階建てのファミリー・カバナス。
今回目指したビーチはメジャーなヒッカドゥワではなく、約1時間20分ほど南に下った南部のミリッサなのです。
ヒッカドゥワよりも閑静な田舎。
ここも1970年代にヒッピーが集まるビーチとして広まり、現在は閑静なビーチリゾートとなっています。
私としては賑やかすぎるヒッカドゥワはもういいかなという感じなのです。
そして何よりも魅力なのはミリッサのまったりとしたライトブレイクとロケーションでしょう。

バンダアチェのワイルドな無人島のポイントブレイクとそっくりのロケーション。
しかもビーチは砂浜で、モデルさんみたいなスタイル抜群のヨーロッパの美女たちがいっぱいなのです。
まさに、パラダイスビーチそのもの。
ホテルはポイントから200mほどのオン・ザ・ビーチ。
部屋からポイントが見える立地条件も最高です。

さっそくボードケースからサーフボードを取り出しました。
所長は海外トリップには無くてはならないジェリー。ロペス
ジミーはDoc.Bushwacker
私はタカヤマ。スコーピオン。
そうなんです、いつもは小波用のセカンドボードのスコーピオンですが、今回はまったり波なのでメインになっています。

ポイントにはほとんど人がいないので、ゆっくり支度をして、

3人バラバラ気ままにエントリーしました。
海に突き出た岩場の向こう側のコンパクトな湾に沿ってブレイクするライトブレイクを目指しました。

満潮いっぱいだからでしょうか、ダラダラブレイクですが、波の周期が14秒台という台風波以上の周期のため水量とパワーがあります。
初日ということでサーフ中心になって写真はほとんど撮りませんでしたが、

ジミーのライディングは撮れました。
体が慣れてないトリップ初日には丁度良い波のサイズ・質・波数、そして曇っていて暑すぎないというぴったりの条件でした。
最初2人いたヨーロッパ人が上がったら、我々3人だけの貸切になりました。
ただ、波数が減ってしまったので朝ごはんを食べるために上がりました。
上がるときに・・・・やってしまいました。

足にウニを刺したジミーの手当てをする所長。
インサイドは一面にウニだらけ。
私も地雷原を腹這いになってボードに乗ったまま通過しようと思ったら、フィンが岩に当たりバランスを崩して手をついて、中指に1本刺さってしまいました。
まあ、あらかじめ知っていた地雷原だったので、さほど酷いことにはならなくて良かったです。

着替えてから、ホテルの庭を横切り、

旧ホテル棟前のプールサイドを通り

新しいレストラン棟へ。
Trip Adviserの投稿写真では椰子の葉で葺いた大きなあずま屋が写っていたのですが、建て替えられたようです。

このホテルは朝夕の食事(ブッフェ)付。楽チンです。
ヨーロッパ系のお客さんばかりで、日本人はおろかアジア系と思われるお客さんはほとんどいませんでした。

コンチネンタルの朝食ですが、

チキンカレーが半端じゃなく激辛だったそうです。
私は絶対無理ですが、

所長は汗をかきながら完食。


寒くはないですが、雨が降り出しそうな天気で、ビーチも人がまばら。

でも、ここは本当にパラダイスかもしれません。
朝食後、天気も曇りがちで雨もぱらつく天気なので、部屋の中で読書をしたり、ブログを書いたり、あるいは昼寝をしたりと3人バラバラで過ごしました。
以前の2回のトリップは1月でしたので雨はほとんど降りませんでしたが、3月という季節は季節の変わり目なのかもしれません。

ホテル前のビーチから東側を見ると長いビーチが続いています。
でも、こちらには波は立たず、海水浴の白人が曇天にも関わらずいました。
風が吹かなければ水温が高いので寒くはないですね。

こちらが西側。サーフブレイクのある方です。

15時を回ったところで、昼寝で爆睡していたジミーがムクっと起き上がりサーフすると言います。所長はもうシャワーを浴びて呑んだくれ準備体制なので、カメラを持って撮影係りに。



私も所長の後を追ってブレイク前のビーチに行くと、

所長はビーチバーの席から撮影中でした。

そう、ライオンビールを目の前に置いて。

ということで、

私も昼間っからビーチでビールとなりました。
ビールジョッキ片手にサーフィンを観るなんて最高ですね。


ジミーN澤、やる気まんまん。

サーフィンなんて観てないじゃん。
酔っ払いですから、すみません。

やる気満々。


時折、大きい波が打ち寄せると、テーブルの下まで波が押し寄せるビーチバー。
酔っぱらってますから、動こうともせず、楽しんでます。
と、その時、重大なことに気づきました。
「カ、カ、カギが無い!」
ウエイターにも
「I lost my room key.」と伝え、探すのを手伝ってもらいました。
そして、諦めかけた時でした。

ウエイターの彼が、波打ち際に流されているキーを見つけてくれました。

いやあ、最高にハッピーなスリランカの旅。
3日目 3月14日
昨夜は酔っぱらった上にホテルの美味しい夕食で、早々に熟睡。
今朝も暗いうちから所長が行く気満々。
バンダアチェでは混む前の真っ暗なうちから行動した私ですが、ここではあまり混まないのでのんびり出発。

今日のボードラインナップ。
所長はジョシュ・ホールのクアッド・エッグ。
このボードは私も気持ちよさが際立った乗り味のボードだと思っています。

今日は白人が一人入っていて私と所長でポイントには3人のみ。

事務局長がなかなか来ないと思っていたら、岸から写真を撮っていてくれたのでした。
ありがとうございます。

今回、何故にスコーピオンがメインボードなのかというと、
ここ数か月、自分のサーフィンを少し変えようと思っているからなのです。
我々世代のサーファーにとって憧れの技といえば、オフ・ザ・リップのような当て込んでいく技。どうしても当て込んでいく意識は消えないのです。
でも、今の主流はカービング。
勘違いしている人が多いのでここに書いておきますが、
カービングとは、curving(曲げる・カーブする)の意味だと思っている人が多いのですが、
サーフィンのカービング(スキーもそうらしい)はcarving(彫刻する・えぐる)の意味なのです。
タイラー・ウォーレンのDVDを買ったのも、ログの乗り方を見たかったのではなく、ショートやミッドレングスのクアドラテック・フォーミュラやエッグでカービング(えぐる)する乗り方をじっくり研究したかったからなのです。
そこで、テールを押し出しやすいラウンド・ピンテールのスコーピオンをメインに使おうと思ったのでした。

ミリッサの波はカットバックで繋ぐタイプの波なので、カービングの練習には良いのではと思っています。

やがて、ジミーも沖に出て来ました

所長も好調です。

やがて、こんな美女もやってきて、

ジミーN澤もウニ・ショックを忘れ、ハイテンション復活。
午後は昼寝&読書
所長とジミーは昼寝の後、海に。
私はブログ書き。
今日はもう入らなくてもいいかなと思っていたら、二人がいい波だったと満足顔で帰って来たので、海に入ることにしました。

今日のボードはサブに持ってきたDoc.Bushwacker。
どこかいつもと違うことに気づいていただけたでしょうか。

これが従来の姿。
このボードも2年経ち、デッキはボコボコ、フォームも黄ばんできたので、
出発前に

マスキングして自分でスプレーして色を付けたのです。
だいぶ痛んでいるので失敗しても惜しくないですから。

実は最初のオーダーシートにはこの色でブラシを入れてもらうはずでした。
ステンドグラス・カラーですから、窓枠は茶色でしょう。
ただ、ダークブラウンの予定でしたがアクリル塗料の色が無く、コーヒーブラウンになりました。
というわけで、シングルフィンでパドルアウトしました。

ビーチバーで呑みながらジミーN澤が撮影してくれました。
が、
前の波が邪魔したり、

いいサイズのセットを一人きりの完全エディ・シフトで乗って、会心のロングライドをきめたのですが、間に合わず乗り終わったところだけ撮っていたり・・・・(笑)
サーフィンの撮影は慣れないと難しいですから。
まあ、それもまた笑えるネタです。

上がってきてすぐ、ビーチバーでビールを手渡されました。
最高に気持ち良いです。
そして、夕食。

サタデーナイトですから、レストランにはマリアッチが入っての生演奏付き。

今日もてんこ盛り。
どれを食べても美味しいので最高です。

オジサン3人組にやたらと話しかけられたイケメンのウエイター君。
きっとこのオヤジたちは変態だと思ってるに違いない。
南の島で脳みそ溶け出して、こんなんですから。


さて、明日はスリランカ南部のポイントチェックに回ります。
4日目 3月15日
朝は日の出前に所長と二人沖に出て

海の上で御来光。
所長が防水カメラで撮影してくれました。




快晴の天気になりましたが、波は小さくなりアウトサイドはダラダラブレイクに。


以上、ワタクシ。
ジミーN澤が来たところで私は上がり、陸上から撮影に専念しました。

いつも私と所長と並んで大きいセットを狙うイギリス人エリック(所長が勝手につけた名前)
爺さんに見えるけど、多分同年代なんでしょうね。

所長

知らない外人

ジミー

知らない外人

パラダイス・ミリッサ

小牧から一人で来たというシンジ君



所長


シンジ君

ジミー

朝飯前のモーニング・セッションでした。
サーフを満喫し上がってきたら、
ツアーガイドのJayaさんが来ていました。
こちらのトラブルで何時にピックアップしてもらうかの連絡が取れなかったのです。
少し待ってもらい、朝食を食べてからミリッサ周辺のサーフポイントのガイドをお願いしました。

日曜日なので通学通勤のラッシュはありません。

Jayaさんはこちらの人の中では運転が慎重な方ではないでしょうか。

最初に東へ向かい、南部地域の最後の都市マータラへ。
ここはマータラ・シークレット

ここは南のうねりを正面から受ける場所のようで、ミリッサより1~2サイズ大き目の波。
きれいなライトもレフトもありました。

入口左側のレフトが人気でした。


日曜日なのでローカルの少年たちも入って行きました。ちっちゃなボードで巧みに乗って行きます。
残念ながら東風が入り込む時間帯になってしまったので入るのは止めました。

マータラの市街地を抜け
マータラのビーチブレイクは車窓から眺めただけで通過。

整然とした中心街から外れると、いい雰囲気で雑然とした町並みとなりました。

ここも完全なビーチブレイクのようで、サーフィンスクールもあるメッダ・・・何とかというビーチ。
レギュラーもグーフィーもあり日本人には手ごろな波かもしれません。

どこも人が少なく、ビーチではこんな光景が。
もう一か所レオ・・・何とかというポイントも教えてもらい、マータラに引き返しました。

ここはバス・ステーション(ターミナル)。
この街もインド洋大津波で甚大な被害を出した街で、比較的新しい建物が目立ちます。


街はカーニバルがあるようで、たいへん賑わっていました。

西に戻る途中、飲み物を買うためにクルマを止めてもらい

うはあ、ジミー、砂糖と添加物のカタマリ飲んじゃうの?(笑)

ミリッサを通過し、今度はミリッサよりも西のメジャーなポイント巡りとなりました。
ここはホテルも多いウェリガマ。


初心者向きのビーチブレイクです。
東からサイドの強い風が入る条件下でしたが、意外とできていました。
ここは過去2回のトリップの時もチェックしましたが、ダンパーの時が多いです。

ウェリガマ・ベイの西端タプロバンの島の先にはたくさんの漁船が係留されています。

そしてその西の岬を回ると日本人サーファーには最も人気のあるプランテーションのポイント。

先ず、ブレイクポイントが他よりも近く、それほどのサイズには上がらない形の良いブレイクです。
一昨年に訪れた時はハラ~ムネで形良かったのですが、20人近くの人で混雑していて入りませんでした。

どこも風が入って良くないので、完全に観光客気分の我々。

最後に訪れたのは、私のお気に入りポイントのカバラーナ。
当初のトリップ計画は私一人でカバラーナ・ビーチホテルに滞在するというものだったのです。
ここはサイズアップした時に8フィートまでホールドし、このあたり一帯では最も大きな波に乗れるポイントと言われています。


この日もオンショアのダブルくらいのセットが入っていました。
完全に観光気分。
その後は、お土産の紅茶をちょっとだけ買い、

ゴール市街のクリケット場を見降ろす丘の上に。

ここはユネスコ世界遺産のゴール旧市街です。
オランダやイギリスがこの地を植民地化して統治するための、いわゆる要塞都市です。


彫像の衣装や顔を見るとイギリス人もいますが、インド系のグルカ兵などの傭兵が主力だったのではないでしょうか。

城壁内の街並みには高級ホテルが何件も建っています。


樹齢300年以上のバニアン・ツリー(菩提樹)があちこちに。
西洋列強による植民地支配の歴史をこの木々は見てきたのでしょう。

こちらは世界史の教科書で誰もが知っている会社の建物。
東インド会社の社屋です。今は博物館として当時の姿を残しています。

市街地は特に暑いのでアイスクリームを食べようということになり、ゴールのビーチブレイクの正面にある人気のこのお店へ。

残念ながらアイスが無かったのですが、パンがものすごく安くて美味しかったです。
日曜日なので地元の初心者がレンタルボードでサーフィンしていました。

コガッラ湖近くのハーブガーデンにも案内され、観光は終了。

この人たちは観光よりもサーフバーがお好き。
5日目 3月16日
今日はのんびりdayの予定。
とはいえ朝は

夜明け前にパドルアウトして沖に一番乗り。

波のサイズは下がって、今日明日が底らしい。
もはや写真を撮る気にもならず、軽く汗を流す感じで朝のサーフィンを終了。
アウトのラインアップは今日もほぼ私と所長。少しの間だけ英国人エリック?がいただけでした。
エリックは3週間のバケーションを終わり、明日帰国するそうです。
3週間のバケーションなんて憬れますね・・・って去年のハワイは3週間だった(*^^)v
日本にいる時のように本数を乗らなくても充分に満ち足りてしまいます。

9時前に上がりレストランへ

このホテルPARADISE BEACH CLUB MIRISSAでの驚きは、食事の味のレベルの高さ。
食い物にはウルサイ所長も大満足の質の高さ。
量に関しては全てブッフェなので食べ放題。
レストランは清潔ですし、従業員のレベルも高く、
私が今まで泊まった海外のホテル(安ホテルばかりですが)の中では最高レベルの満足度ではないでしょうか。
しかも、ビックリの低価格(ホテル棟ではなくて、一番古くて安いバンガローですけど)。
今回の旅はハワイ以上にリラックスできる環境に恵まれました。

レストラン(3階)のテラスから見える景色。

午後は東風が吹きサーフはぐちゃぐちゃ。
そんな時はプールでリラックスです。
プールも改築されたばかりで清潔。よく手入れされています。
広い庭のヤシの木の木陰で読書をするのも良いです。

そんなホテルに似合わない風体の面々ですが、こちらで知り合った小牧のシンジ君を交え気怠い午後のサーフ話は尽きません。
そうそう、シンジ君がこのホテルに入ろうとした時、セキュリティが厳しく、入れてもらえないと電話がかかってきました。

グーフィー・フッターのシンジ君とも知り合った訳ですし、
明日はライト・ブレイクしかないミリッサを離れ、レフト・ブレイクのミディガマに行こうということになりました。


ミリッサのビーチは本当にハイレベルなオネエさんの比率が高いです。
夕方は、

またまたビーチバーに行って野菜サラダをつまみにビーチでビール。
所長とシンジ君はこちらで人気のアラビアや北アフリカの酒アラック。

オンショアなのに急に海に入ると言い出した事務局長のサーフィンを見ながら

酒盛り。
このロースト・チキンはシンジ君の分。
30歳代、事業でたいへんな苦労をしてきたイワモト所長。30歳代の頑張る若者を見ると応援したくなるのでここは所長のオゴリです。

ジミーも上がってきてビーチでビール。

そして夕食は8時ころから。つまり、朝食と夕食だけの1日2食の生活なのです。
レストランのある新館のエントランスホールはとてもゆったりとした快適な空間を象徴しています。

夕飯は定番メニューがほとんどですが、毎日テーマがあるようで、タイ料理だったり中華料理だったり。どれもまた美味しかったです。
ただし、スリランカのカレーは激辛なので所長たちは美味しそうですが、私は多分呼吸困難になるだろうと思うのでやめています。

夜も辺りのホテルよりも静かで照明も最低に落としていて、ハイレベルな大人のホテルですが、リーズナブルという他人には教えたくないようなホテルです。
6日目 3月17日
今朝はまだ真っ暗な5時半にホテル前に集合。
シンジ君が2台のトゥクトゥクと共にやってきました。

屋根にボードを積んで出発。
次第に明るくなっていく街道を突っ走り、

約20分ほどでミディガマに到着。

すぐに準備をして沖にパドルアウトしました。
最初は2人の白人と3人だけ。
3本乗ったところで美しい日の出となりました。
この頃にはみんなもパドルアウトしてきましたが、白人も増えてきました。
総勢十数人。
コンスタントにブレイクする左奥はリーフが浅く、テイクオフで急に掘れて来る波質。


でも時々、奥に居たらまともに喰らってしまうワイド気味に入ってくるセットの波が来ることが分かったので、奥の激戦区から離脱し、エディ・シフトの逆バージョン狙いに作戦変更。

セットの波は一旦ブレイクすると強烈なスープのパワー。
ハマってしまうとたいへんです。

数は少なかったですが、丁度良いワイドなセットが何本か入り、久々に大きな斜面の波に乗ることができました。
奥のテイクオフ位置がクローズしてしまう波なので競争なしでテイクオフ。みんなが必死でパドルアウトしてくるのを見下ろしながら広い斜面を下りていきます。
波は弛めのゆっくりとしたブレイクなのでレールを使ってできるだけ大きな弧を描くようにカットバックを繰り返す感じで乗り繋ぐと坂井港のアウトサイド・レフトの倍くらいの長さのロングライドができます。長く続く斜面が美しいレフトの波でした。
大満足でパドルで戻る途中、イワモト所長がセット波に乗っているのが見えました。
波の周期が16秒くらいあるので、小山のような大きな水の塊。
美しい広い斜面を滑らかに乗っている姿を見て、所長もずいぶん上達したなあと感心させられました。

ポイントブレイクに20名以上の混雑なので逆エディ・シフトでじっくり待って、大きいセットのみに狙いを絞り何本か乗ることができました。
大満足で早めに上がりました。
こういうのを『サーフィン』というのだと教えられたような気がしました。

シンジ君のナイスなショットが撮れました。
いい波でした。
でも、恐ろしいことに、この波のラインナップにレンタルボードの白人の初心者が10人近く紛れ込んでいるのです。

日本人ではまずありえませんが、右も左も見る余裕のない直滑降の初心者がこの波に突っ込んでいくのです。
ライディングは初心者が浮かぶ位置や動きを予測しながらスラロームする必要がありました。
所長と私は早々上がりましたが、後の二人が戻ってこないので、
私は湾の右沖でトロトロとブレイクしているミディガマ・ライトも試してみることにしました。
「1本だけ乗ってすぐ帰ってきますから」と所長に伝えパドルアウト。

沖に到着するやいなや、意外とあっさりと波が来て弛い波を岸近くまでロングライド。

1本だけの予定でしたが、きれいなオネエさんが一人でいるので・・・・

結局3本乗ってしまいました(*^^)v
その後、オネエさんが上がってしまったので私も上がり。

ジミーN澤

まだまだ修行が足りんな。





・・・・・・・What's happened.

帰り道、前を行くジミー&シンジのトゥクトゥクのリアウインドウに注目

デへへ、世界に広がるSMILE FOR SURFの輪

世界的なパンデミックの陰謀、進行中です。
昼間はプールでのんびりしたり、読書をしたりで過ごし、

夕方5時をすぎるとお出かけです。

いつものサーフ・バーへ三々五々集まります。
当然一番乗りはイワモト所長ですけど。

波を眺めながら今日もライオンビールと

野菜のサラダ。
メニューには様々な野菜サラダがあり、ハズレもありましたが、大当たりの美味しいサラダもあるのです。

4人で盛り上がっているところに、このバーのオーナーの従兄弟というラシャンが加わりました。
さらに彼の弟もやってきました。

ラシャンは日本で長く働いていたことがあったということで、日本語がかなり上手いミリッサローカル。

比較的静かな白人グループばかりの中で、

酔っぱらいまくりの騒ぎまくり東洋人オヤジ軍団。
アラックの勢いもあって大盛り上がり。
現在は某情報誌出版会社の実務を統括する堅実な取締役のジミーN澤の若い頃の悪事の数々が暴露されたりと、この3人はやっぱり若い頃、社会のレールを踏み外したくて冒険を試みている同志だったことがはっきりしました。
組むべくして集まった3人なのだと実感しましたね。
それにしても、3人それぞれ、個性がバラバラ過ぎ。(笑)

そしてそして、イワモト所長の陰謀により、シンジが店の奥に連れて行かれました。
本人はかなり嫌がっていた風なんですが、

ライブバンドに飛び入り参加で、ボブ・ディランを歌うシンジ。
シンジはプロのロック・ミュージシャンなのです。

初共演のバンドマンたちとの息もぴったりで、
拍手喝采を受けていました。

演奏が終わり、テーブルに戻って来たシンジに
素晴らしかったですと、白人の女性ファンが早速やってきて記念撮影。
シンジ、やって良かったねえ。
このモテぶりに、自分たちの年齢を感じるSPL3人衆でした。
7日目 3月18日
今朝も夜明け前から沖に。
何といっても朝一は誰もいないので貸切。

昨日よりも若干サイズアップ。
今日はDoc.Bushwackerのシングルフィンで入りました。
一番アウトでデカセットだけを狙いました。

シングルフィンはボードに体重を預けるように乗ると気持ちよく走ります。
今日も3人で満喫。
リーフの大きい波にはもう少し重くて細めのシングルフィンが欲しくなりますね。
今日も人が増えてきたのを見計らって上がりました。
旅も終盤、脚の疲労が出てきて、後半はテイクオフ後のドロップで2連発のワイプアウト。
最後の波もカットバックでテールが抑えられずフィンアウト。

インサイドはアクションできる波ですが、岩が恐い。

シンジは今日ミリッサを離れ、ヒッカドゥワへ。途中のミディガマでいいサーフィンができたようです。




ジミーはリーフ波がまだ読み切れておらず、ちょっと苦戦中。
周期15秒のリーフ波なんて、経験したことが無いのが普通。
海底地形とうねりやカレントを想像して、波の挙動変化を予測できるようになればバンバン乗れるはずですが、1年目は修行と思いましょう。




サーフィンから上がると、すぐにプールでひと泳ぎ。
気持ちよさ最高です。
午後は、ミリッサ周辺の探索に出掛けます。
午後はロシャンがミリッサの漁港やシークレットビーチを案内してくれるというので行ってみました。

ホテルの少し先にある道路沿いに漁船の船体が置いてありました。
ロシャンは漁師、これは彼が造った船体なのだそう。
ここはロシャンの土地で、日本人の友人と共同で日本食レストランを建てる計画があるのだそうです。料理が美味しいミリッサで本格的な日本食が食べられるとなると、魅力倍増ですね。

ロシャンの仲間のトゥクトゥクで港に行ってみました。

伝統的な漁船がたくさん停泊していました。

その一方で、このハーバーはホエールウォッチングの基地でもあるのです。

丁度、ロシャンの従兄弟のホエールウオッチングクルーズ船帰港するところでした。
しかし、ロシャンの従兄弟って何人いるんだってことで聞いてみたら、
お母さんの兄弟だけで7人いるから両方合わせると大勢の従兄弟がいることが想像できます。
日本とは正反対の大家族の絆が残る文化なんですね。

岬に立つ高級ホテルにも行ってみました。

絶景です。
所長もジミーも息子さんの結婚式はここでやりましょう(笑)

そして、道なき道をシークレットビーチへ向かいました。

トゥクトゥクでも入れない道となり、

民家の洗濯物の下を潜って、坂を下り、

突如現れた美しいビーチ。

誇らしげにスリランカ国旗を握るロシャン。

スリランカのマジョリティであるシンハラ人のシンボルのライオンです。
誇り高き民族の象徴。

記念撮影


ビーチの木陰には

サーフバーがあって昼間からビーチでライオンビールです。
しかし、こんな辺鄙な場所で商売になるのか(笑)

しかし、リゾートの喧騒を好まないナチュラル派が山を越えて歩いて来るようです。

帰りの途中で、ロシャンが自宅へ案内してくれました。
広い敷地を持つ立派な家
ロシャンは資産家だったのか?(笑)

中も広々、テレビではこの国の一番人気のスポーツ、クリケットの中継番組。
この家も10年前のインド洋大津波に襲われ何とか残ることができたようです。
あの時は辺り一帯、みんな流されてしまったのだそうです。
しかし、大津波で東日本大震災以上の死者を出したスリランカですが、人々が震災のことを笑顔で話せるほど復興が進んでいるというか、震災の痕跡がほとんど残っていないように感じます。

夜は、いつものサーフバーへ。
なんだかいつもと違うなと思ったら、誕生日パーティがあるとのこと

1歳の誕生日を迎えた女の子を抱くのはサーフバーのオーナー。

花火をやったりでパーティは盛り上がりました。

バースデーケーキのお相伴をいただきました。

ロシャンのお母さんと弟も参加していたのでご挨拶しました。
今宵もスペシャルな夜でした。
スリランカ最高!

酔っぱらって隣席の女の子3人組に切り込んでいったジミー
ジミー「Are you from England?」
女の子「No!France」
その隣の席の女の子にも
ジミー「Are you from Canada?」
女の子「No! Germany」
所長と私の暴走を停めてくれる堅実な実務派として参加してもらったつもりが、
先頭を切って暴走しています。
誰か、止めて。
8日目 3月19日
スリランカ滞在も残り2日

今日も夜明けのサーフィン
今日は先客がいました。
スウェーデン人のエンジニア。今日がミリッサ初めてだそうです。





今日はサイズアップしました。
いつものテイクオフの場所は掘れ掘れで刺さりまくりなので少し位置をずらして波待ち。





所長&ジミーのシェアライド、うまく撮れました。
今日は数本乗っただけで大満足、お腹いっぱいです。
毎日それほどの本数は乗っていませんが、
乗っている距離を合算すると普段の日本でのサーフィンの30本分くらいは楽に乗っていると思います。

サーフ後のプールが気持ち良いです。
朝食を食べに行こうとしたら、

庭に人が集まって上を見上げています。

椰子の木の剪定業者が入っていました。
器用に椰子の木を登っていきます。
椰子の実が落ちるたびにドスンと音がします。

当ったらイチコロですね。

午後になって、ジミーがやる気満々で海に出て行きました。

ローカルのジャマイカ君の動きは軽快そのもの。

彼もいつもサーフバーにいます。


ジミーもリーフ波が分かってきたようで、快調に乗ってます。

おお!



今日のサーフバーではミリッサスタイルサラダを注文しました。
明日はこの旅最後のサーフィンです。
最終日も同じように朝のサーフィン、昼寝、読書、etc.
陽が傾くとひとりまたひとりとビーチバーに移動し、ビールでぼーっと。
幸せな日々が送れるミリッサのトリップ。
最高でした。トリップとしては刺激が少ないかもしれません。
でも、トリップにも2種類あっていいと思います。
一つ目は好奇心と冒険のためのトリップ。
そしてもう一つは心の癒しのためのトリップ。
ミリッサは後者のトリップには最高のデスティネーションでしょう。
スリランカは1983年から、ごく最近の2009年まで内戦状態でした。
資料を調べると、2008年~09年にかけての最後の戦闘では死者2万人と言われるかなりひどいことが起きたのですがほとんど報道されなかったと思います。政治的なことは書かないブログなのでこれ以上は書きません。知りたい方は自ら調べてくださいね。
しかし、戦争終結で一挙に平和が訪れたスリランカ。
少なくともこの南西部では人々は活気に満ちています。
ようやく最近になって真の意味での光り輝く島になったと言えるのかもしれません。
海外へトリップし、日本では見られないもの、体験できないさまざまなものを,、皆さんにもその目で見てほしいと思います。肌で感じて、そのうえで「良い」「悪い」を判断できる目を養って自分の考えを持ってほしいと思います。旅で出会う人・物・事象、それぞれがあなたにとってかけがいのない経験として残ります。
私にとって旅は、遊びではなく、勉強です。それは遊び以上に楽しい遊びなのですが。
そのためにも訪れる国の歴史・政治・経済・人々のくらし、宗教などは勉強してから行って欲しいと思います。
Posted by エディ立川 at 21:05
│2015年3月 光り輝く島2015(スリランカ)